FC2ブログ
2018.07.20 セイレーン
a0027_002915_convert_20180720095942.jpg

僕の夏は止まったまま動かない
まるで一枚だけ残った写真のように
やり直しも撮り直しも出来ないあの日の海が
色褪せることもなく鮮やかに
恋心という青いフレームに飾られている

手を繋いで潜ってゆく深海は静かな世界
耳の奥には小枝の折れるような小さな音が響き
皮膚からは潮の香りがしみこんでくる
告白は水に溶け込んで気泡となって上ってゆく
君は優しく笑って首を横に振る

人の子は移り気だから一緒には暮らせない
瞳の奥から君が呟く声を聴いていた
珊瑚の枕も白い砂のベッドも未来を語ることはない
君は一度だけ接吻すると長い足をひるがえして
僕に小さく手を振りながらまた笑った

僕の夏は止まったまま動かない
打ち寄せる波の砂浜に座って水平線を見ている
手の届かない沖の波間から君が泳ぐのを見ている
始まることも終わることもない恋心
僕を溺れさせた少女の名前はセイレーン

2018.06.29 創る
beach-2946142__340_convert_20180629185003.jpg

完成することの安心は

完成することの喪失感を連れてくる

賞賛される喜びは

賞賛されることの重荷を運んでくる

創るというこの厄介な仕事は

痛みの中に生まれ喜びと共に死す

死の中に再生し大声で叫んでまた死する

創るということは永遠の分娩室

創るということは永遠の火葬場

ゼロから巡り来てまたゼロに帰する旅路

2018.05.30 小さな死
a0960_008268_convert_20180530082744.jpg

池の川鵜が得意そうに
小魚を咥えて顔を出す
穏やかな日常の隣には
誰かの喜びと小さな死がある

僕が僕の為に捕まえた小魚
そこにも誰かの小さな死があったろう
永遠という約束を反故にして
真心を踏みにじった小さな死が
忘れたはずの小さな死が
池の底には眠っている

池の川鵜は小魚を飲み込み
また深い潜水で獲物を探す
水の中の一瞬の出会いを経て
誰かの喜びと死は対峙する

僕が出会った美しい笑顔たち
不意に向けてしまった鋭いくちばし
無残に貫かれた無垢な愛情
誰かの小さな死の上に僕は生きる
忘れたはずの小さな悔恨が
水藻のように水面に揺れている

2018.05.16 カタチ
stones-3364324_960_720_convert_20180516192256.jpg

カタチの無いものを信じる力をください
カタチにすがるこの手を叱ってください
僕たちはカタチないもので出来ているのに
カタチのないものを信じられないのです
自分自身の命を信じられないから
僕たちはカタチを手に入れる為に追うのでしょうか
手に入れたカタチはやがて失うカタチなのに
追わなければ不安に押しつぶされてしまいそうなのです
カタチのないものを信じることが来るなら
僕たちはもう何処にも行かず探しまわりもしないのに
朝を告げる目覚まし時計がカタチを連れてくる
コーヒーをすする度にカタチは近づいてくる
戦闘服に着替えた鏡の中の別人がカタチという銃を持ってくる
満員電車の四角い鉄のカタチに押し込まれて
僕というカタチは歪んでため息をつく
巣箱のような細長い建物はカタチをつくる工場だ
僕というカタチは奇妙なカタチを産む機械
目眩がするほど同じカタチが世界にあふれてゆく
そのカタチを買うためにカタチを売りカタチをつくる
手に入れた薄い紙と丸い金属は誰もが欲しがる究極のカタチ
でも本当に欲しいものはカタチではない
だからカタチのないものを信じる力をください
どうかこの工場から退職させてください
退職祝いも退職金もいりませんから
花束も拍手もいりませんから
カタチのないものを信じる力を僕にください

2018.05.13 痛い花
a0990_000430_convert_20180513223536.jpg

母の日に母のない子の涙雨
トタン屋根に落ちる寂しいリズム
軒下の雲雀の子の鳴き声に
親雲雀が優しく答える午後3時
母のなかった生涯はいま何時の鐘を打つ

幾度も焦がれて打ちひしがれて
母の手の温もりも匂いも知らぬまま
時は流れて雨だれを聴く
雲雀の子の嫉妬して
タバコの煙にため息を隠す誰かの息子

母の日の雨だれの音を聴きながら
母のない子は安堵する
花屋の売り子の口上を聞かずに済んだから
赤いカーネーションは赤より恨めしく
胸に飾られた白いカーネーションは白より痛かった