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高松から連絡船に乗って、
真冬の小豆島を訪ねたことがあった。
この島は壷井栄の小説、二十四の瞳の舞台となった島である。

初めて訪れた小豆島は雪だった。
雪は海風にあおられて激しく降り続き、
山も道路も白くなっていた。
港の近くでレンタカーを借りて、
恐る恐るハンドルを握り、
島の反対側の岬の分教場へ向かった。

小豆島が醤油の産地とは知らなかった。
あちらこちらに由緒ある醤油倉が建ち並び、
独特の香りを漂わせている。
山道の途中に寒霞渓という看板を見つけたので立ち寄ってみた。
雪なのでリフトは無理と思ったのだが、
乗り場へ行ってみると幸運にも運転していた。
息で曇った窓の向こうの切り立った断崖に、
花びらのように雪が舞い踊るのを見ながら
女先生と子供たちを思っていた。

海岸沿いの道に出ると、
ほとんど吹雪のようになってきた。
すれ違う車も無いままに、
しばらく走ると岬の分教場に辿り着いた。
薄暗い校舎の中に入ると懐かしい匂いがした。
子供の頃に僕が通っていた木造の小学校の匂いだ。
小さくて古い机や椅子が、当時のままの姿でそこにあった。
僕は教室の中に充満する無数の呟きを聞いていた。
僕の周りを元気に走り回る子供たちの足音や、
こじんまりした運動場から聞こえてくる数え歌。
ひとり、教室の小さな椅子に腰を下ろして、
静かに言葉にならない声に耳を澄ましていると、
曇天の雲の切れ間から光が教室に降り注ぐ。
明るくなり、暗くなりを繰り返して
雲はめまぐるしく冬の空を走り回っていた。
それは白黒の古いアルバムが、
風に吹かれて激しくめくられる様に
時代の映像を一瞬にして僕に見せてくれているようだった。

分教場の裏手には海が広がっていた。
雪はいつしか止んで、遥か彼方まで波が輝いて見えた。
壊れかけた小さな休憩所に座って
僕は僕の知らないはずの戦争の記憶を探していた。

小豆島を離れる日
海は大荒れとなり、台風のように風が吹き荒れた。
大阪へ向かう高速船は欠航し、
僕は仕方なしに岡山行きの連絡船に乗り込んだ。
遠くなってゆく島を見つめながら、
僕は胸の奥に小さな疑問符を抱えていた。
その疑問符が何なのか自分でも理解できないまま
小豆島に別れを告げた。

美しい海に
雪が降る

思想も思考も
凍らせてしまえと
風が舞う

素っ裸になって
時代の真ん中に立てと
雲が叫ぶ

僕の手には
絵のない地図が
握られている
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