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この道をいけば
どうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば
道はなし
踏み出せば
その一歩が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けばわかるさ

「道」アントニオ猪木の座右の銘として、
テレビや雑誌でよく紹介されるこの詩が、
一休さん(一休宗純)の作であることはあまり知られていない。

注)後に読者の方から「道」は清沢哲夫氏の作品であるとのご指摘を頂きました。
過去に書いた文章の為、本文は変更しませんが、筆者の完全なミスです。ご指摘に感謝します。

伝説の多い人物なので真偽の程はさだかではないが、
前にも進めず、後にも戻れない彷徨える現代人に、
大切な何かを語りかけているような気がしてならない。

京都府の京田辺市に酬恩庵(しゅうおんあん)一休寺を訪ねた。
苔の緑が美しい光の溢れる古刹である。
現住職の田邊宗一住職に迎えられ、庭園の見事な部屋に通される。
そこで抹茶をすすりながら、一休寺納豆なるものを味わう。
一休が茶道の開祖であることは知らなかった。
住職は静かに一休という人物を語りだす。
後小松天皇の皇子として誕生した一休。
シャレコウベ(ドクロ)の持ち手の付いた杖を持ち歩く一休。
生前に自分の像を作らせ、自分のヒゲと頭髪をくっつけた一休。
見掛け倒しの当時の僧侶達を激しく罵倒し、
あえて、長髪にヒゲで仏道の真理を貫く一休。
アニメのかわいらしい一休さんはそこにはいない。
しかし、その生涯にわたる破天荒な生き様は、
一休の持つ無垢なまでの正直さの結果にしか過ぎない。
考えてみれば一休の時代から世間というのは、
そんなに変わってないとも言える。
過剰な装飾品に身を包み、多額の借金をしてでも格好をつけ
たがる若者や、世間体ばかり気にし過ぎて強迫観念に縛られる大人。
誰もが日々追い立てられるように、
集団的な妄想の中でヒステリックな日々を過ごしている。
要するにアスファルトの道路に石はあってはならないし、
全員が同じ価値観を持たねばならないのである。
それ以外の人や自由な生き方はイコール悪なのだ。
まあ、はなはだ疲れる競争社会に別れを告げる人も当然いる。
ノイローゼなどになる前に、もっと大らかに過ごすのがいいね。

「本物」とは何か?「偽物」とは何か?
日々の生活の中で多少なりとも
自分に問いかけてみてはどうか。
金色に塗られた鉄は黄金ではない。
詐欺師の笑顔は優しさではない。
自分をねじ曲げ、自分に嘘をつく日々は
人生を不安にさせる。
一休なら、余計な不安など笑い飛ばすだろう。
悠々とまどろみ、お茶でもすする。
起きてもいない事に想いをめぐらして悩んでも意味が無いし、
「心配するな、なんとかなる」と、庭でも眺める。
現代において一休の言葉は
身を守る最高のお守りになるかもしれない。

一休の像に向かいお顔を凝視する。
ここでは、全ての人間のメッキが剥がされる。
僕にとって一休は偉いお坊さんではなく、
ひとりの「人間」として存在する。

心の中に風が吹いて
チリリンと音がする

僕は空を見上げる
どこまでも青い空を

深呼吸をして
靴の紐を結び直す

チリリンと音がする度に
僕は人間になってゆく
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