FC2ブログ
4f72a378-s_convert_20120219185938.jpg

ある日その人は短い言葉を書いた
そうしているととても居心地が良かったから
心の中の悲しみを一本のペンに託して
一枚の新聞チラシの裏にそれを書いた

こうしてその人は詩と出会い
詩を書く人になった
まいにち自分の中にある悲しい自分と向き合った
しかしいつもその人は悲しさに負けた
だから沢山の新聞チラシの裏が必要だった

詩を書く人はそれ以来ずっと書き続けた
というのも悲しい自分が消えないからだ
だからいつも裏の白い新聞チラシをとっておいた
その人にとってそれは大事なものだった
悲しい心を置くための大切な場所だった

詩を書く人は無知だった
だから褒められそうな詩は書けなかった
それでも安らぎは自分の中にやってきた
だから詩を書き続けた
しかしその安らぎがどこから来るのか
詩を書く人は知らなかった

詩を書く人は10年書き続けた
悲しいだけの詩の中で
希望のありそうな詩も少しは書ける自分に気がついた
ある時に誰かがその人を先生と呼んだ
しかし何故そう呼ばれるのか
詩を書く人は知らなかった

詩を書く人は先生ではなかった
ただ新聞チラシの裏に心を置いていただけだった
詩を書いて欲しいと頼まれても
どこかの偉い人に誘われようと
詩を書く人は何処にも行かなかった
詩を書く人にとって詩は詩ではなかった
その人たちが思っている詩とは違っていたから

こうして詩を書く人は20年書き続けた
詩を書く人はやがて詩人と呼ばれるようになったから
自分が詩人なのだと知った
そして詩が本になる日がやってきた
それをみんなは詩集と呼んだ
しかし詩を書く人にとって本は本ではなく
詩集は詩集ではなかった
それは詩を書く人の墓石であった
詩を書く人は思った
僕の魂が帰って行ける場所が出来たと
なんだか少しだけ安心できた

さらに詩を書く人は30年詩を書き続けた
しかしいつまでも無知なままだった
そして貧しいままだった
でも詩を書くことをやめなかった
なぜなら悲しい自分はまだ死んでいなかったから

詩を書く人は詩から全ての智慧を得た
誰の役にも立たない自分だけの智慧を得た
それでもまだ詩を書いた
悲しい自分はまだそこにいたから

でも詩を書く人はいつの間にか
悲しい自分と並んで座れるようになっていた
負けどおしではなくなった
でも勝ったり負けたりするので
それでもやっぱり詩を書かねばならなかった

詩を書く人はある日
自分の友達の心の中にも
やはり悲しいその人がいるのだと知った
詩を書いたらどうなかあ
詩を書く人がそう言うと
友達は才能が無いから書かないと言った
しかし自分の心を置くのにどんな才能が必要なのだろう
詩を書く人は不思議に思った

詩を書く人にとって詩は
整理に困った自分の心の置き場所だった
だから詩について議論はしなかった
そしてその詩を書く人は無知だったから
誰かが議論する詩については何も知らなかった

詩を書く人の友達には詩を書く人もいた
でも直ぐに飽きてしまうのだった
心の置き場所が必要ない人だっている
必要な人だけが書けばいい
そんなふうに詩を書く人は思っていた
そして自分の書いた詩の魔法は
自分にしか効かないものだということも知った

誰かに良い詩だと褒められても
誰かに悪い詩だとけなされても
それは仕方のないことだった
詩を書く人の書く詩は
自分の心の置き場所なのだから
それでいいのだと思っていた

詩を書く人の得た智慧は
詩を書く人にしか得られない智慧だった
悲しい自分の中に希望を発見し
嬉しい自分の中に希望を発見する智慧だった
ただそれだけの智慧だった
でもその詩を書く人に必要なのはそれだけだった
だから悲しい自分がいる人にも
詩を書いてみたらどうかなあ
そんなふうにいつも言うのが口癖だった

その詩を書く人は無知で無力だったから
世界を変えることは出来なかった
でも心の置き場所さえあれば
生きられることを信じていた
そしてその詩を書く人は
今日も相変わらず詩を書いているのだった


スポンサーサイト