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新大阪にダンスの公演を観に行った。15年前に僕の劇団にいた女の子が出演するからだ。その当時、僕は大阪で劇団を結成して活動をしていたのだが、彼女もそのメンバーのひとりだった。しかし僕は、心斎橋で行われた「不滅の恋」という作品の公演直後、気まぐれで関東に転居。6名ほどの劇団員も一緒にこの気まぐれな旅に同行することになった。しかし、彼女は関西に残った。

ダンスが好きな彼女は芝居よりもダンスを追求する選択をした。「どうせ、途中で挫折するんだろうな」などと僕は思っていた。なぜなら当時の彼女は芝居もダンスも始めたばかりで、どれを取ってもまだ発展途上であったし、どことなく自分に自信を持てない気弱なイメージがあったからだ。しかしそれは違っていた。

関東に出てきた仲間たちはそこで5年ほど活動した。関西では体験することの出来ない経験も沢山したのだが、劇団員たちも20代の後半という年齢に差しかかり、やがてそれぞれの道を選択することとなる。そして、気がつけば僕自身も40歳という年齢になり、ある意味で選択を迫られる時期に来ていた。関東には沢山仕事があったし、そのお陰もあり自前の稽古場を設立し、20名近い仲間たちに少ないが毎月ギャラを払うことも出来た。金銭的には裕福にはなったが何かが違う気がした。関東に出てきてから7年。僕はまた気まぐれに奈良への転居を決めた。

こうしてまた関西に戻ってきたのだが、戻れば戻ったで当時ここに残った仲間のことも気になった。彼女は奈良で行われた僕の公演に顔を出してくれ、訊けばまだダンスを続けているという。そんな経緯があって今回、彼女の出演する舞台を初めて観に行ったのだった。思えば15年近く彼女の踊る姿を観たことがなかった。期待と不安が入り交じる中、彼女のステージが始まった。彼女は輝いていた。当時の印象しかなかった彼女は今はまったく別人のように自信に満ちあふれ踊っていた。「あの娘が、こんなふうになったんだ」僕は感動した。

ダンスが上手くなったことは勿論なのだが、それよりも僕が感動したのは彼女の「ダンスへの変わらぬ想い」だ。仕事でも趣味でも、ひとつのことを続けることは容易なことではない。志があってこそ学ぶ気も起きるし、やがてその学びが人生を開く。芝居やダンスの世界は志す者も多い代わりに挫折してそこから遠ざかっていく者も多い。いつしか情熱も興味も消え果てて、昔の苦い想い出になる場合がほとんどという厳しい世界。有名になって名を成す者もいれば、ひたすら地道に努力を続けている者もいるが、継続することがいちばん難しい。

僕はこれまで、出会う人たちに自分の志を説き、それに意を同じくする多くの仲間に恵まれてきた。しかし、時に思うことがある。「僕がもし彼らに声をかけなかったら、彼らにはまた別の人生があったのだと」その度に僕は、自分の身勝手な言葉が多くの人間の人生を変えてしまったことに気がつく。この事実はいつも僕の心の中に沈殿し続けている。芝居を諦めてしまった仲間のことを風の便りで聞けば、声をかけたことさえ後悔する。考えてみれば、僕は志を説くことはしてきたが、その結果に責任を取ってこなかったし、相手が人間であるから誰にとってもかけがえのない人生の時間に対して責任の取りようもないことを痛感している。僕が今でも細々と詩や芝居を続けているのはそんな想いがあるからだ。他人の人生をすっかり変えてしまった人間が「もうやめました」とは言えないのである。もしも僕がこれまで関わってくれた多くの仲間たちに対しての責任を果たせるとしたら、それは「他者に説いた自らの言葉や志をまっとうすること」しかない。

15年前にまだ発展途上だった彼女はいまダンスのインストラクターにまでなった。自分自身を高め、自分で自分を叱咤激励しながら彼女は15年という歳月を過ごしてきたのだろう。今日、またひとつ僕の心の中に沈殿していた後悔が解けて消えた。いまも変わらぬ想いで活動を続けているかつての仲間を観る度に幸せな気持ちになれる。そして形が違っていても幸せに暮らしている仲間からの便りを聞く度に安堵するのだ。僕はこれからも、身勝手に生きてきた詩人と共に歩んでくれた仲間たちに感謝し、彼らの幸せを願いながら日々を過ごす。まあ、それも無責任な僕の身勝手な願いなのかも知れないんだけどね・・・。

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