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2012.01.25 海辺の家
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僕の書斎には数百本の洋画のビデオがある。いまさらビデオでもないだろうがDVDはなぜか好きではない。いつからか家電製品の過剰な進歩について行けなくなり、それ以来ビデオに固執するようになってしまった。それに大阪の日本橋辺りに行けば中古ビデオは100円~500円程度で買えてしまう。あこがれの名作が安価ということもあって大量に買いあさった結果がこれである。

僕の頭の中には、欲しいビデオリストがあって、中古のビデオ屋でそれを見つけるのが趣味でもある。そんな矢先、天神橋筋商店街で以前から気になっていた「海辺の家」のビデオを手に入れることが出来た。内容は知らなかったが、どうも「海辺の家」という日本語タイトルに惹かれれていたのだった。それに僕の好きな女優のナンバー4に入っている「クリスティン・スコット・トーマス」が出演している。彼女は地味ではあるが「イングリッシュペイシェント」や「モンタナの風に吹かれて」を観れば彼女の魅力を存分に感じることが出来る。ちなみに、ここで僕の好きな女優をカミングアウトすれば、1位メリル・ストリープ、2位がヘレン・ハント、3位がアン・ヘッシュ、4位クリスティン・スコット・トーマス、5位ミシェル・ファイファーである。しかし、1位のメリル・ストリープ以下の順位は気分次第で変動する。

ここで「海辺の家」のあらすじを抜粋しておこう。
建築事務所に勤めるジョージ・モンローは42歳の建築デザイナー。父親との確執が原因で、自分の息子ともうまくコミュニケーションがとれなかった。ついには妻にも逃げられ、上司との摩擦から会社もクビになる。挙げ句の果てに医者から余命3ヵ月との宣告を受けてしまう。再婚して幸せに暮らす妻。そしていまだに父を憎み続ける16歳になる息子。ジョージは初めて自分の人生に疑問を感じた。そして、昔からの夢だった海辺の家を建て直すことを決意する。最後の夏、ジョージは反発する息子を無理やり手伝わせ、手造りの家を建て始める。とまあ、こんな内容なのである。

この映画は2001年の作品で比較的新しい?(注)僕の感覚では10年ちょっと前の作品は新しい・・・まあいい。とにかく僕的には久しぶりに良い映画に出会えたような感動があった。仕事一筋に生きてきた男が離婚を経験し、やがてリストラされ、おまけに病気になって自分の人生を振り返るという内容なのだが、主人公が42才という設定であるからなんだか他人事ではないような気がした。建築家だった主人公は他人の家を数多く設計してきたし、華々しく活躍して社会的にも成功してきたのだろうが、自分の家族の設計には無頓着なのであった。当然、人間は働かねば食っていけない訳だが、忙しさにかまけて、いつの間にか「本当に大切なことは何か」ということさえも忘れがちになるものだ。迫り来る死に相対して、彼は「自分が生きた証として」この海辺の家を再建するのだが、古い家を破壊した後に再建するのだ。その行為はまるで古い自分自身との決別を意味しているかのようで心に痛い。余命3ヶ月という短い時間を息子と共に過ごし、元妻や仲間と海辺の家を造り直す行為は、仕事以外で彼が初めて体験する共同作業でもある。

夫として家庭を顧みずに仕事をしてきた主人公は、ある意味、男が成すべき責任を真摯にこなしてきたといえる。しかし、その反面、守るべき家庭は崩壊した。そこに男の役割という悲しい性があるような気がする。仕事と家庭の両立は男女に関わりなく困難な課題であるが、社会が個人に求める役割と、家族が個人に求める役割との間には決定的な深い溝があるように思える。誰にとっても人生を生き抜くことは容易なことではない。勿論、社会を無視して生きることは出来ないし、かといって家庭を無視して生きることも出来ない。僕たちは何処に視点を置いて生きれば良いのだろうか。

映画の中に「悪いことが良いことを導く」という台詞がある。この台詞は特に印象的で示唆に富んでいる。人生の善し悪し、個人個人の心に渦巻く葛藤。後戻りできない人生という時間。この映画に登場する様々な人物にある喜怒哀楽、それを包み込むような美しい海。この映画の秀逸さは人々の人生模様を背後で支える大自然である。大きく緩やかな自然の持つ時間軸からすればちっぽけな人間の一生など取るに足りないものかもしれない。しかし、そこに懸命に生きる健気な人間が存在している。美しく凪いだ海原と夕日に照らされた海辺の家。生きることの儚さと人間の生きようとする気高さを、海は今日も黙って見つめている。

よろしければTSUTAYA で借りてご覧ください。そして、もしもクリスティン・スコット・トーマスに魅力を感じるようなことがあれば、あなたも通の仲間入りです。



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