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2012.01.03 ニラ玉
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ここは大阪の天満。正月は毎年同じ大衆酒場で昼から飲んだくれている。しかし、こういう酒場に来ると、つくづく大阪に住んでいなくて良かったと思う。もしこの辺りに住んでいたとしたらこれが日々の日課になってしまうのは目に見えているからだ。まあ、奈良にはこんな店はほとんど無いから、まだ昼間は釣りで誤魔化せる。だが考えてみれば、昼から隠居の老人と肩を並べて魚釣りというのも年齢に相応しくはない。隠居の老人は今まで懸命に仕事をして今に至ったのだろうが、僕は仕事もせずに隠居生活を送っている。これは隠居ではなく隠遁生活と呼ぶのが正しいのだろう。

僕は昔からこんな大衆酒場が大好きで、地元の酒田で暮らしていた頃にも、この手の店に毎日のように通ったものだ。昼は釣り、夕方には大相撲を見ながら酒場で泥のように沈殿していた。夜になると小さな自分のBARを開店させ、少しばかりの上がりを戴くという寸法である。しかし、閉店の頃には客よりも先に酔いつぶれてしまっているので、客が伝票を見ながら自分で精算を済ませ、自分でグラスや皿を洗い、翌日がゴミの日なら、それもお客がしてくれる。そして、完全に意識不明になった場合は、家まで送り届けてくれるという有様だった。それにも増して、タダでお客に酒を出したり、営業時間の途中で店を閉めてお客と繁華街へ繰り出しては連日のように売り上げを棒にした。季節が巡り、店で飲まなくなると、夜釣りをするためにいそいそと港の岸壁に向かう。そんな感じで、どちらが客なのか分からないような怠惰な店を3年ほど続けたのだった。この店は奇蹟であった。僕ではなく、お客がこの店を守ってくれたのだ。そう、僕が突然旅に出る前日まで。もうあの日から18年が経つ。

酒といえば、あまり嬉しくない酒の席もある。僕は、たまにご招待されて飲みに行く場合があるのだが、「先生!」などと呼ばれながら高級な店で接待を受けたりするのが一番嫌いだ。僕はこの手の酒盛りが大の苦手だし、酒を注がれるのも、注ぐのもうっとうしいから好きではない。ましてや、よく分からない金箔の貼られた創作料理などが出てくると食欲が減退する。酒盛りが終了するまで僕は「先生」でいなくちゃならないし、どうやれば先生のような風格を醸し出せるかに神経を集中させねばならず、疲労困憊してしまうのだ。おまけに人格者ぶった話しもせねばならず、酒もまずくなる。とにかくそんな酒盛りはゴメンである。それと、自宅に招かれるのも苦手だ。詩人に会いたいということで、以前招待された家は裕福な家庭らしく、アンティークなリビングに大きなテーブルのある家だった。僕が来るというので、親戚の姉ちゃんまでもが駆けつけ、食事会なのか臨時のお見合いなのかよく分からない雰囲気を味わったのだった。まあ、食えない頃はそんな人たちにお世話になって生き延びてきたとも言えるので、嬉しいような悲しいような気分であった。

近頃はほとんど外には出かけない。毎晩深夜まで家で酒を飲んでいる。天満橋の大衆酒場がお気に入りなのだが、そんなところまでしょっちゅう飲みに行く体力も金もないというのが現実だ。ところで、最近は酒や煙草をやらない人も随分増えた。基本的に僕は、酒を飲まない人とは友人にはなれない。初対面の人に会ったら、「酒は飲みますか?」と、いつも尋ねてしまう。答えがYESなら問題ないのだが、NOなら、その瞬間から意識が遠くなってしまい、興味も同時に消え失せる。まあ、友人になって欲しい人なんて滅多にいないからいいのだが・・・。

どうでもいい話なのだが、今日行った天満の大衆酒場で「ニラ玉」を頼んだ。しかし出てきたのは玉子にモヤシが入った代物だった。そして肝心のニラは何処を探してもない。これでは「モヤ玉」になってしまう、でも、この適当さこそが大衆酒場の魅力でもあるのだろう。僕はおばちゃんが入れ忘れたニラのお陰で、「ニラ玉」にニラが入っていない不条理さと、そのアバンギャルドでカオスな世界を感じることができた。そして、「ニラ玉」という、誰かが考案した料理に、いつの間にか飼い慣らされてしまっている自分を感じた。本来、ニラはニラ、玉子は卵ととして個別の存在であったことを思った。いつの時代からか融合され、料理となった「ニラ玉」は、僕の舌と心と記憶を支配していたのだろう。しかし、どうしても、「ニラ玉」にニラが入っていないと味気ない感じがする。モヤシと玉子の融合されたこの「モヤ玉」には、譲歩してもしきれない何か欠けたものを感じてしまうのだ。僕はいつから、「ニラ玉」にニラが入っていないことに不満を覚えるような人間になってしまったのだろうか。それは、注文した商品に欠陥があるというような単純な問題でもなく、それに対する不満でもない。この「足りない感覚」そのものが、問題なのである。これは人間の生活感覚そのものの根本的な問題である。+なことに慣れればなれば、0には価値を覚えない。ましてや-となれば不安になる。もしかしたら、出てきた「モヤ玉」を食べ続ければ、この料理にさえ僕は満足を覚えるようになるのかもしれない。これは新しい価値観の創出なのか、それとも過剰な時代への警告なのか、それは今は分からない。足すことばかりで引くことを知らない現代人。ニラがモヤシに変わることに違和感を覚える自分自身。「ニラ玉」を注文すれば、「ニラ玉」が出てくるとは限らない時代の幕開けは、僕に大きな学びを与えてくれた。それと同時に小さな大衆酒場のおばちゃんが僕に学ぶ機会を与えてくれたこと、そして街の片隅にも誇り高く詩が存在していることを改めて感じさせてくれた。

世界は学ばねばならないことで溢れている。そして大衆酒場の片隅にさえ、詩は誇り高く存在している。だから今日からまた新しい詩を書こう。僕は明日という日に「モヤ玉」を創る。しかしながら「モヤ玉」に舌と心と記憶を支配されることはないだろう。慣れることに安堵せず、楽しむことを忘れず。慈しみ、感謝することを忘れず、2012年を過ごしたい。と、書きながらも食い損ねた「ニラ玉」が愛おしい。

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