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2011.08.05 極楽の寺
阿弥陀如来は旅をする
       原爆に焼かれた人々と
阿弥陀如来は旅をする
       残る同胞の願いと共に
阿弥陀如来は旅をする
       大和の大地へと導かれ
阿弥陀如来は旅をして
       極楽の寺に安堵する

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先日、50年も行方知れずになっていた「広島大仏」が、奈良の極楽寺で発見されたという新聞記事を読んで驚愕した。広島大仏は原爆の犠牲となった人々や広島の方々の心の拠り所として信仰を集めてきた仏様。高さ約4メートル、全身に金箔を施した木製の阿弥陀如来座像で、戦後、広島県のお寺で原爆犠牲者を弔う仏様として祀られ、多くの方が手を合わせた仏様であったという。しかし、その後なぜか行方不明になり50年が経ったというわけだ。それが何故に奈良の極楽寺に来たのかは定かではないが、新聞記事によれば、無住の寺であった極楽寺に若いご住職が来られ、そのご住職が古物商の方から譲り受けたらしい。

8月6日は広島に原爆が投下された日なので、そのご縁もあって極楽寺では法要が行われる。この法要は、原爆犠牲者・安堵町戦没者追悼式・大震災犠牲者追悼式であり、奈良県で初めての広島と同じ日に行われる法要である。残念ながら8月6日は演劇の稽古があり、法要には出席できない。なので、車を飛ばして極楽寺へと向かった。極楽寺に到着すると若いご住職が明日の法要のご準備をしておられ、にこやかに応対してくださった。

僕は10年前に「リトルボーイ広島断章」という群読劇を書いた。2001年には神奈川、2007年には京都の嵐山で上演し、実は現在も更に手を加えた2011年バージョンを稽古中なのである。年々進化している作品であり、僕にとっては思い入れの深いものだ。その広島の方たちに愛された広島大仏が、奈良のお寺にあったというので、何かしら言いようのないご縁を感じて出かけた訳だ。

ご住職としばらくお話をさせていただき、僕が書いた稚拙な詩を大仏様に奉納させていただいた。ご住職はさっそくそれを大仏様の御前に飾ってくださった。広島や長崎に原爆が投下され多くの犠牲者を出した日本という国。さらにいま、東日本大震災という未曾有の困難の中に日本人はいる。そんな困難な時代に広島大仏が奈良で発見されたことにはなにか深い意味があるのではないかと感じている。広島大仏は阿弥陀如来様であり、南無阿弥陀仏と唱えれば、即座に衆生の魂を極楽浄土へとお導きくださる仏様である。もしかすると、困難な時代に生きる僕たちの魂を救うために50年ぶりにお姿を現されたのかもしれない。

明日の法要に捧げるロウソクの手配をお願いし、ご住職に別れのご挨拶をしていると突然大粒の雨が激しく大地に降り注いだ。僕は改めて大仏様の前に立って合掌した。夏の夕暮れに降る雨音は、明日50年ぶりに大勢の人々の前に鎮座し、祈りを込めた経を聞かれる阿弥陀如来様の喜びの涙のように感じられた。こうして僕は大仏殿を後にし、雨に打たれながら車に走り寄った。そのとき僕の脳裏にはある言葉が浮かんだ「歳月は慈悲を生ず」僕の尊敬する亀井勝一郎先生の言葉であった。困難な日々を乗り越え心穏やかな日々が誰のうえにも訪れることを願い、僕なりの8月6日を過ごしたいと思う。

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