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2011.02.07 カラス
一羽のカラスが屋根に止まって、何かを食べていた。
よく見るとそれはボロボロになったビニールだった。
彼はそれを器用なくちばしで引きちぎりながらうまそうに食べている。
僕はその場に立ち止まってカラスを見ていた。
喉の奥に飲み込むことの出来ないビニールが引っ付いて息苦しくなる感覚を覚え、僕は、ふと我に返った。
束の間僕はカラスになっていた。

何故、カラスがビニールなど食っているのだろう。
食べるものが不足してか?それとも何かの味がするからだろうか?
僕はカラスを見上げながら考えていた。
その間にも彼はビニールを引きちぎっては食べ続けている。

そのとき、僕の頭の中にあるイメージが浮かんだ。
僕たち人間もこのカラスに似ていると感じた。
物質的豊かさと、内面的な貧しさが、何故か比例しながら膨張してゆく人間の暮らしを思った。
もしかしたら、僕たちもこのカラスのように何かを勘違いして生きているかも知れない。
不要なものを必要と信じ込んだり、何の疑いもなく提供された誰かの価値感を享受してはいまいか?
ビニールを食べるこのカラスと僕たちは同じではないのだろうかと思った瞬間、
また、喉の奥に引っ付いて離れないあの感覚が僕を襲ってきた。

このカラスはやがてビニールを食べ過ぎて死んでしまうだろう。
もしかしたら、野生のカラスの食べるという大切な感覚は麻痺してしまったのだろうか。
何が食えて、何が食えないか?それをかぎ分けることが、生きることの根幹だったはずなのに、
このカラスは自ら望んでビニールを食べている。
そして、カラスだけでなく、人間の生きるという感覚も衰えてきている。
知らず知らずのうちに、「餌だよ!」と、言われて、ビニールを食べているかも知れない。
その静かなる埋葬の準備は確実に進行しているように思える。
それは、あらゆる手段を使って僕たちを幻惑しようとする食えないビニールに似ている。

やがて彼は、不審なオヤジの視線に居心地が悪くなったのか、
ボロボロになったビニールを大事そうにくわえたまま飛び去った。
もしかしたらあのカラスは、僕にそんな啓示を与えるために現れたのかも知れない。
僕がカラスを見ていた間にも、たくさんの人がその場を通り過ぎていったが、
そこに足を止めてその啓示を聞いたのは僕だけだったろう。
これを書いている今もあの喉の奥に引っ付いて離れない感覚は消えていない。

なんだか、今夜はうまい酒が飲めそうにない気がしてきた。
晩酌の時間がくれば、この嫌な感覚は消え去るだろうか。
だから今夜は、スコッチのストレートをあおって、
あのビニールを溶かしてしまわなければならないだろう。
飛び去った彼の無事と、僕たちの明日の無事を祈りながら。

どうか、食えないビニールの誘惑に負けない心を下さいと・・・。




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