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思えばもう何十年も詩人をやっているが、詩で稼いだことはない。
詩に関して言えば、愚かな詩人の墓標にする為にと本を出版しただけで、
頼まれても詩を書いて売ることはしてこなかった。
何故だか不思議なのだが、詩を書くことで稼ぎたくはなかったし、
職業にしたくなかったのだ。
まあ、頼まれても詩は書けないので、要するに売ることは出来なんだけどね。
何件かの同人誌からの誘いも断ったし、合評会にもまったく興味はなかった。
いつだったか山形美術館の学芸員が書籍を発行したいので詩をひとつ書いて欲しいと言ってきたが、
それも興味がなかったので断ってしまった。
なので、詩人との交流も全くないし、詩について語り合うこともしてこなかった。

それでも詩に感動した方から手紙をもらったり、
「いままで生きてきて詩人が世の中に必要なんだと初めて知りました」などと、
お世辞を言われたこともあった。
詩を売ることはなかったが、旅先の旅館に詩を置いてきたり、
誰かのために気が向けば詩を書いてプレゼントすることはあった。
映画のホームページに掲載されたり、村の観光案内のフラッシュに使われたこともあった。
しかし、どれもが全部差し上げたものであって、仕事ではない。

詩人の世界では「詩で飯は食えない」というのが多くの方の認識だし、
現実にはその通りなのだろう。
では、何で生計を立てればよいか?それが問題だ。
しかし、僕の周りにはとても心の優しい方達が大勢いるので何とかなってきた。
食事をおごってくれる人や、お米やら酒やらを箱で送ってくれる人。
飼っている猫の餌まで送ってくれる人もいた。
雑誌につまらない戯言を連載させてくれたり、ポスターのコピーやらの仕事があった。
営業などしなくても向こうがわざわざ探して電話をくれるのだからありがたい。

こんな生活を何十年も続けていると、何が仕事で、何が仕事でないのか分からなくなる。
現代はインターネットが盛んなので、ブログで詩を書く人も驚異的に増えた。
「詩人になりたい、でも詩人では食えない」そんな現実の中、みなさん頑張ってるのだろうな。
「詩人で食えますか?」と詩人志望の方に尋ねられる事もあるが、
これには明快には答えられない。
食えるよ!とも、食えないよ!とも言えないのである。

しかし、個人的な意見を強いて言うなら、
自分が本当の詩人であるなら、心配しなくても世間が食わしてくれるということだ。
問題は食えるかどうかではなく、本当の詩人であるかどうかだと思う。
更に言えば、詩に殉教することをためらい、生活を考える人は詩人には向いていないとも言える。
簡単に言えば、「詩で食う!」という発想よりも、
親切な方々に「食わしていただく!」というのが正しいかも知れない。
これはあくまでも個人的な僕の考えなので、
他の詩人の方が読んでいらっしゃったら悪しからず。
しかし、これは理想ではなく、僕の実感であり、現実なのである。

さて、酒が切れてしまう前に、誰か送ってくれないかなあ(笑)




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