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2010.09.13 無責任な人生
子どもは地域が育てる。
素晴らしい理想だし、ある意味真実ではあるが、砂糖菓子のように甘い言葉でもある。
現代では言葉が勝手に地位を築き聖域を作る。
「子育てしやすい環境を作る」などと、曖昧な言葉で豪華に飾り立てられる。
それだけが普遍性を持ち、誤解が誤解を生むような状況は多い。
ここで改めて言いたい、「子どもは親が育てる」のである。とね。

子どもは地域が育てるという言葉を40年前の親なら鵜呑みにしないだろう。
しかし、現代の親はそうではないような気がする。
聖域を作れば、全て他人任せの感覚が増長し、新しい悪者を創り出すのだ。
やれ、世間が悪い、学校が悪い、教師が悪い、政府が悪い。と、言い出しかねない。
まあ、もう・・・始まっているだろうがね。

挙げ句の果ては「子ども手当」という実に無責任な金がばらまかれる。
何故に少子化が問題視されるのか?
少子化などと格好をつける前に「少納税者」とハッキリ言えばいい。
要するに、子どもを増やしたいのではなく、納税者を増やしたいのだな。

女性をおだてて、男女平等、男女雇用均等法などといって、
洗濯して食事を作っていた主婦をあおって労働させて、税金を取るような考えと同じだ。
女性達は男女平等に飛びついたが、結局は税金を取るための手段に乗せられたのだな。
そして女性が働くにつれて家族は崩壊していったように感じる。
女は家事をして、男は稼いでくる。
そもそも、平等だった関係を仕事中心の視点に置き換えて価値を限定したことにも原因があるのだろう。
女性の家庭での働きは素晴らしく、男には出来そうもない。
女性はそのことに誇りを持ち、堂々としていれば良かった。
まあ、偉そうに振る舞う亭主にも原因はあったのだろうが。

要するに責任のなすりあいと、過剰な保護意識が日本人をダメにしているような気がする。
自立も出来ず、責任感もない大人が急増しているのだ。
どんぶり勘定から、一粒の米として生きる自覚が必要な気がする。

日本の将来はアメリカのように訴訟大国になりかねないな。
何でもかんでも、自分以外の他人のせいにして自分を省みないような社会だ。
社会とは自転車に着いた補助輪にしか過ぎない。
補助輪を当てにして自転車を買うような生き方は変だと思うんだが。




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