FC2ブログ
奈良と河島英五「心から心へ」

河島家との出会い
 
 奈良町の静かで古めかしい家々を眺めながら細い路地を歩くと、「南都 十輪院」がある。この古刹にひとりの男が眠っている。その名は河島英五。酒と旅と人を心から愛し、四十八歳の若さで逝った不世出の偉大な歌手である。
 僕がまだ学生だった頃に大ヒットした歌があった。それこそが「酒と泪と男と女」だった。現在でもカラオケの十八番として歌っている読者の方も多いことだろうと思う。
 また、大阪生まれの英五さんは、奈良にもご縁の深い歌手でもある。
御杖(みつえ)村小学校の校歌を書いたのが英五さんであることはあまり知られていないだろうし、復興の詩(うた)のテーマソングである「森へ帰ろう」が、下北山村を訪れた際にできた歌だということもほとんど誰も知らない。
 残念なことに僕は、生前の英五さんにお会いしたことがない。その頃はまだ山形に住んでいたし、コンサートへ行く機会もなかったからだ。しかし奈良に引っ越したお陰で、英五さんの奥様に出会うことが出来た。
 今年七月に開催されたイベント「ポエトリー・リーディング奈良」の会場探しで奈良市内にあるTEN.TEN.CAFEを訪ねた際に牧子夫人にお会いすることが出来た。
 牧子さんはとても優しい笑顔で、温かく僕たちを迎えてくれた。誰にも分け隔てなく接してくれる気さくなお人柄が印象的だった。   
 人間同士のコミュニケーションが希薄になり、言葉の大切さが失われつつある時代に、このイベントが必要なのだという僕たちの話を真剣に聞いてくださった。
 「やってもいいですよ」牧子さんは見ず知らずの人間に母のような優しい言葉をかけてくれた。英五さんが生涯のパートナーとして牧子さんを選んだ理由がそのとき、少し分かったような気がした。
 河島英五は多くの名曲を世に送り出した偉大な歌手である。人間の心を見据え、自然の素晴らしさを伝え、人生の喜怒哀楽を見事に表現した。全国各地や世界を巡り、人間同士の関係を肌で感じ、裸の心で世界の人々とふれあった。弱き者への深い慈しみを行動で示した数々のチャリティーコンサート。そして多くの人に慕われ、沢山の人に愛された。
 英五さんの人生を振り返るとき、その行動や言葉や歌から、現代人が忘れかけた大切なものを感じることが出来る。

受け継がれる優しさ

 河島英五は、阪神淡路大震災復興義援チャリティーコンサート「復興の詩(うた)」を立ち上げたことでも知られている。その旺盛なボランティア精神は現在でも多くの仲間に受け継がれているのだ。
そして河島家には、三人のアーティストがいる。長女のあみる(亜美瑠)さん。次女のアナム(亜奈睦)さん。そして長男の翔馬さん。三人のこども達は現在、歌手やタレントとして大活躍している。
そんなご縁があって、今年。大阪城の野外音楽堂で開催されたチャリティーライヴ「河島英五記念ライヴ 元気だしてゆこう」には、僕もスタッフとして参加させて頂いた。それはとても光栄なことだった。どんなカタチにしろ、大好きな英五さんのお手伝いが出来るのだから。
 朝から小雨の降りしきる中、凄い顔ぶれの歌手や芸能人たちと、大勢のボランティアスタッフが野外音楽堂に集結した。
 夕方からのコンサートに向けて全員がずぶ濡れになっての会場準備。河島家のこども達は会場を走り回り、スタッフと同じようにテントの片隅でチラシを折り込む。
 次女のアナムさんと、相方(アナム&マキ)のマキさんに挟まれて、僕もチラシを折り込んだ。僕も仕事柄、多くの俳優や芸能人と一緒に仕事をしてきたが、こんな体験は初めてだった。ひたすらチラシを折り込むアナムさんの横顔を見ながら僕は考えていた。河島英五という人がこどもたちに残した大切な何かを。
 そのこども達の心に宿るのは、素直でひたむきで、人間味あふれる優しさ。 僕は大好きな英五さんの真っ直ぐな心を彼らの中にみた。そしてこの素晴らしいこども達を育てたご両親の想いの深さに感動しながら作業を続けた。
 そんな中で、ステージや会場を忙しく走り回り、ライヴの全体を取り仕切っているのは長女のあみるさん。誰にでも明るい笑顔で優しく接してくれる元気な人だ。しっかり者でムードメーカー。すらりとした長身で大きな舞台でもひときわ目を引く頼りになる存在。
 一方、長男の翔馬さんは笑顔がとても印象的な方。一途で温かな心がその歌声からかもしだされている。プロデビューのきっかけは、05年の「奈良千年音楽市」でのグランプリ受賞だったとは後で知らされた。そして、母である牧子さんに捧げた「花」という歌は、その歌詞に込められた深い感謝の心が見事に表現されている名曲で、涙がこぼれるほど素晴らしい。  
 翔馬さんの歌は英五さんを彷彿とさせるが、その歌声には限りない慈愛が満ちている。翔馬さんは現在、四国を旅して植林や川の清掃等の自然保護の為の募金を積み立てるという、歌の奉納巡礼“元気だしてゆこう88”を行っている。これは、誰にでも真似の出来ることではない。

河島英五は死なず

 後日、この素晴らしい出会いに感謝して、お花とお線香を片手に十輪院を訪ねた。英五さんのお墓の前に座り、あこがれの方と初めて対面した。花を捧げ、線香に火を灯し、僕は心で英五さんと話をした。そして、その墓標に刻まれた言葉の意味を噛みしめていた。
“心から心へ”
 歌を通して人と人との絆を結び、いまも僕たちを素晴らしいご縁で結び続けてくれている英五さん。その墓標に花が絶えることがないように、その想いも決して死ぬことはない。人間は永遠に生きられる。心の中に枯れない花として咲き続けることが出来る。
 耳もとを吹きすぎる風が英五さんの言葉を運んできた。
“元気だしてゆこう”     
 河島英五は永遠なり。はじめまして。そしてありがとう。       合掌。





スポンサーサイト