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家族や友人、そして職場やサークルの仲間たち。
僕たちは沢山の人々と会話をしながら日々を過ごしている。
しかし、いつもそれらと自分を隔てている壁を感じているのも事実。
思えばいちばん話をしていない相手、それが「自分」である。
自分自身と対話をしない人間は他者との壁が高くなる。
21世紀には「詩的自己対話」が必要である。
とは言え、誰もが自分と向き合い考えてはいるだろう。
しかしここで言う「詩的自己対話」とはかなりの相違がある。
自己対話するときの考える視点をまず疑うべきだ。
それは一般論的な思考基準で物事を考える前に、
現在の思考基準そのものを壊してしまうことを意味している。
要するに今までの人生で教えられたことの全てをいったん白紙の状態から考え直すこと。
これは容易なことではない。
一般論的な概念を取り払い、フリーにする。
こう書けばとても出来そうにもない気がしてくるが、出来る人には簡単にできる。
換言すれば、「新しい目でものを見る・新しい脳で考える」ということだ。
詩的自己対話とはまるで砂浜に打ち寄せる波のようにいつも新しい水で洗われるということだ。
そうすれば、砂浜に自分だけの新しい絵が描ける。
やがて記憶に残った印象深い絵が文字となって「詩」になるだけだ。
たとえ詩を書かなくても、いつも新鮮な水で心を洗うことで、
心の中に自由な絵を書けるようになる。
その自分が描いた絵が、自分の選択する道を教えてくれる。
そして、ちっぽけな悩みや不安は波に洗われる絵のように何処にもないことに気が付く。
世の中には「心の時代」などと安いフレーズを付けた詐欺師まがいの商売が溢れているのも確か。
やれ、スピリチュアルだの前世だの法則だのと枚挙に暇がないほどだ。
仮にこれらが真摯な志のないただの商売だとすれば、金と時間の無駄である。
21世紀は自分で自分を救済する術を身につけなくてはならない。
テレビを消して自分と対話せよ。
携帯電話を閉じて自分と対話せよ。
詐欺師と医者に搾取されないように自分自身を自分で健全にすることだ。
心を砂浜のように清らかな水で洗い清めることだ。
喜びや悲しみという貝殻が打ち寄せられていたら、そっとそれを書き留める。
心は金ではなく、心で救われるべきなのだ。

僕は日々新しくなる。
君も日々新しくなればいい。






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