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ふと立ち寄った輸入食品の店で、真っ赤なパッケージのクッキーを見つけた。
ラ・メール・プラーというフランスのモンサンミッシェルで売っていたクッキーだった。
妙に懐かしくなって1箱購入した。
そいつを食いながら、昔のパリの旅を思い出していた。
パリからモンサンミッシェルまではバスに揺られて数時間もあり、
僕は車窓から美しい木立の間を流れる、手つかずの自然の小川を見ては空想をめぐらしていた。
きっとあの小川には斑紋の綺麗な鱒が優雅に泳いでいるに違いない。
僕は何時間も頭の中でその川で釣る自分の姿を想像していた。
もし僕がここに住むなら、どんな家に住むだろうか?
暖炉があって、メリルストリープのような女性とカルバドスでも飲んでいるだろうか?
飼っているのは犬だろうか?それとも気まぐれな猫だろうか?
などと、夢のような空想に浸りながら時間は過ぎていった。
やがて、遠くに霧に煙るモンサンミッシェルが見えたとき、僕は思わず息をのんだ。
まるでこの世の果ての様なモンサンミッシェルの幻想的な湾が目の前にあった。
僕は腹ごしらえのためにバスを降り、オムレツの有名な店に入った。
しかし、そのオムレツはまあ、期待を裏切った。
不味くもないのだが、取り立てて美味いわけでもない。まあ、こんなものである。
食事が済むと今度は一気に目的地を目指す。
目の前にそびえ立つモンサンミッシェルは何処か現実味がない。
感動などという感情はこの荘厳さの前に追いついてこない。
僕は塔の先端に悠々と立っている大天使ミカエルをどうしても見たい。
長い長い石段を一歩ずつ登る度にモンサンミッシェルはその姿を変える。
迷宮のように天に伸びた石段には「声」が刻まれている。
その一言一言に耳を傾けながらなおも上る。
僕の隣は空であり、また雲であり、天上である。
一番高い場所のバルコニーからモンサンミッシェルの湾を望む。
冬の冷たい空気が僕を夢うつつから正気に戻してくれた。
ここは天国か?はたまた地獄か?
出発地なのか?それとも終着地なのか?
ふと我に返れば、何十年も生きてきて、何も持っていない自分に気が付く。
この手に手錠はない、しかし悪を滅ぼす大天使ミカエルのような剣もない。
あるのは、言葉だけだ。
そう思った瞬間、言葉も風になって虚しく消え去った。
僕は何故か嬉しかった。何も持っていない自分が嬉しかった。
僕は帰り道に小さな石ころをひとつポケットに入れた。
その石は今も僕の隣にある。
今夜もそれを眺めながらスコッチをすすっている。
それと、モンサンミッシェルの懐かしいクッキーも。




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