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2010.05.25 花盗人
先日ネットで小さなニュースをみて考えさせられた。

それは横須賀での出来事なのだが、ある人が裏庭や土手で花を育てていたが、
去年の夏頃から少しだけはさみで切り取られているのに気が付いたらしい。
その方は花のある場所に添え書きをしてこう書いた「花が、ほしい方は申し出て下さい」と。
掲示から約10日後、メモが上から張られていた。
「ツマガガンノタメ ボクニワハナオイッポンモカッテアゲルコトモデキナカッタノデ ダマッテハナオトッテスミマセンデシタ ツマガナクナリマシタ ホントウニスミマセンデシタ」と。

全てカタカナで書かれたその文章を知って思い出したことがあった。
それは僕の祖母のことだ。祖母も漢字は読めるのだが書けない。
いつも全部カタカナで書いているのを子どもの頃には不思議に思っていた。
祖母は昨年99歳でこの世を去ったのだが、おそらく当時の教育レベルでは、
カタカナやひらがなを書くだけで精一杯だったのだろうと後になって知ったのだった。

このニュースが事実だとしたらとても切ない物語である。
病床の妻に花の一本も買えない貧しい生活がみえてくる。
人間は世間と関わりながら生きているのだが、切迫した苦悩は個人が抱え込むしかないのが現実。
そして「盗む」という言葉を考えてみた。
「物」を盗めば犯罪になり裁かれる。
では、「心」といった目に見えず実体の曖昧なものならどうだろう?
僕たちは日々の暮らしの中で「心」を少しずつ盗まれてはいないだろうか?
しかも善意ではなく悪意によって盗まれてはいないだろうか?

この小さなニュースは、大きな問題を提起している。

僕は今夜もスコッチを飲みながらそのことを考える。
答えが出そうにもないことを承知しながら。

考えずにはいられない。




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