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年間の自殺者数3万5千人、平均して1日約90人の人間が死んでいる。
自然環境の破壊よりも気になるのが心の環境破壊だ。
しかし、心の環境破壊の程度は見た目ではわかりにくい。
だが、この自殺者数が正確なものだとすれば相当に破壊は進んでいる。
これはあくまでも「自殺した数」だから、予備軍はその何十倍もいるのだろう。

これとは逆に「豊かさ」指数も計算されている。
しかしこの「豊かさ」という定義が危うい。
環境や経済で培われた生活水準を数値化しての話なのか?
とにかく、GDPがどうという着眼点では豊かさなど計ることは出来ない。
おそらく「豊かさ」という物差しは「私的な想念」でしかないのだろう。
結局は計算など出来ない範疇に「豊かさ」はある。

必要なことは目に見える危機に備えながら、目に見えない危機にも備えるということだ。
心の闇が広がれば、物質主義が台頭する。
それは、簡単に言えば「すり替え」が心の中で行われているからだ。
心という頼りない実体のつかめないものよりも、現物の方に興味を惹かれる。
そしてどんどん孤立してゆく。
誰も人間なんか見ていない、そして知り合いがビルから飛び降りた後に気が付く。
極端に言えば、自殺者数など誰も気にしていない。
テレビなどで死にそうな人間をもてあそぶような番組が垂れ流されると、それには共感する。
しかし、涙を流した後は、お笑い番組でまたちがう涙を流す。
死というのは極めて個人的な認識でしかなく、他人の死などには誰も興味がないのである。
個別の死に関しては心が動くが、多数の死には興味を持たない。
僕はこのことを「死の平均化」と呼んでいる。

しかし、心の闇など誰にでもあるとも言える。
しかしそれを他人が見ることは出来ない。
カウンセリングというのもあるが、それは精神的な病になってからの話だ。
心の闇はあっても、完全な病気と化すまではずいぶんと時間があるだろう。
まだ、心の中でくすぶっている内にそれをコントロールするすべを誰もが持たなければならない。
闇を制するのではなく、闇と共に生きるのである。
その為には、エコカーよりも家族が大事だし、
地デジよりも、友達が必要だ。
携帯電話よりも彼女の方が大事だし、
パソコンよりも会話が大事だろう。
大事なものを横に置いて、すり替えの日々を過ごしていないか?
もう一度、自分に問い直す時代が、今日という時代なのだ。

さて、僕も心の闇をウイスキーにすり替える時間とするか。
あれ?「それじゃあ、同じじゃないか!」だって?
ああ、肝心なことを書くのを忘れた。
すり替えの日々は同じようにみえるかも知れないが、
その辺がちょっと違うのである。
僕が言っているのはコントロールすることなんだな。
肝心なのは、すり替えの日々の中で、
気が付かないうちにそちらが本当のように錯覚しないこと。

要するに「水に溺れないウイスキー」でいることだな。

あれ?結局詩人の戯言か(笑)








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