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アーネスト・ヘミングウェイの「われらの時代に」という本に、
「ある事の終わり」という短編小説がある。
原題は「the end of something」訳者によっては「ある決別」とも訳される。
ヘミングウェイの短編小説にはニックアダムズを主人公とした作品群があるが、
これは、その中のひとつである。
まだ青年のニックがマージョリという彼女と二人、ボートで鱒釣りに行く話だのだが、
そこで何かが終わるのである。
短編の中にこんなセリフがある。
マージョリが何気なく「知ってるわ」という言葉を言う。
それに対してニックは「君には知らない事なんてひとつもないさ」と答えるのである。
小説を読んでいない人には何のことだか分からないだろうが、
思春期の青年の心を見事にえがいた秀作であることは間違いない。
男と女はどこかの時点で立場が逆転する。
要するに、ニックがイニシアティブをとっていたはずのマージョリとの関係が、
一瞬にして逆転することがここで描かれている。これが「ある事の終わり」なのである。
そして物語の終盤では「もう、おもしろくないんだ・心の中にあったものが、
ひとつ残らずだめになってしまったような気がする」とニックは語るのであるから、
この青年ニックの落胆ぶりには心が痛くなるほどだ。
このことは男性の女性に対する独善的な優越感を同時にあからさまにする。
また、男性のプライドという根本的な問題にも言及している。
そのことは現代でも容易にみることができる。
男性と女性は精神的なイニシアティブが常に逆転を繰り返している。
若ければそれは人生の糧となるのだが、年をとるとそうはいかない。
男性中心で結婚生活が進み、ある時期から女は自立し始めるのだ。
これが人生の後半期に体験する「もうひとつの終わり」である。
青年期は誰でもニックのような体験をするものだが、社会や家庭といった場所で、
その立場を挽回することが出来る。
しかし、人生の後半ともなると男はそれを挽回する手段が少ない。
仕事と勢いに任せて女房や子どもを省みないでいると大変なことになるということだな。
年間の自殺者が3万人を超えた現在、自殺率は退職後の男性が多い。
このことは同じ男性として非常に辛い現実であるが、事実なのである。
昼時ともなれば、レストランにはおばさんが集合し、優雅にランチを食べている。
それに加え、エステだ、習い事だ、と、おばさんは輝いている。
そのうちにまた恋でもして旦那は捨てられるかもしれないな。
これは世の男性諸君には悲劇である。
酒とタバコと飲み屋のねーちゃんにうつつを抜かしている間に、
せっかく手に入れた尊敬も同時に消費してしまい、ただのオヤジになってしまう。
飲み屋のツケけと同じくらい、女房へのツケもたまり、やがて返すすべが無くなる。
金はサラ金からでも借りられるが、愛は借りて来られないし、尊敬は売っていない。
要するに愛情も尊敬も冷めてしまうから気をつけなければならないということだ。
今日、この短編を読み返してそう思った。
まあ、それだけなんだけど。



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