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悲しい学校行事

 昔の小学校では何かと親が登場する行事が多かったような気がする。そして僕はこのような行事がもちろん嫌いだった。
 例えば、授業参観日に同級生の親たちがおめかしをして、いかにも美容院へ行ってきました的な髪型で勢揃いしている姿もどこか滑稽に感じたし、服装や持ち物に個々の生活レベルが丸見えになっている姿を見るのも居たたまれなかった。
 要するに参観日とは、見たくもない他人の冷蔵庫の中身を無理矢理見せられる日なのだ。そして当然のことながら、そのような行事に僕の親は来ない。そう、その日は別居している親の無関心さを思い知らされる日でもあった。いずれにせよ僕はその間、この儀式が終わるのをじっと我慢しているしかなかったし、はなから無関係な意味の無いものだと感じていた。そんなふうに授業参観日をやり過ごすのが僕のいつものやり方だったし、平気だった。
 しかしながら運動会というものは、授業参観日以上に僕にとって、とても残酷なものだった。何故ならその日は給食がないからである。そして100メートル走で2位になろうが、持久走で完走しようが、誰も僕を見ていないし、拍手も全て僕以外の誰かの為のものだったからだ。
 お昼の休憩ともなれば、家族やら親戚やらに迎えられた同級生たちが体育館や運動場でゴザを広げ寄り集まる。とっておきの重箱を広げている様子はいかにも平和だ。そんな時でさえ僕はその様子を校舎の隅から見つめ、どこかしらその安穏な状況に白々しさを感じていた。だが、さすがにその様子を眺めていると無性に腹が空いてくるのも悲しいかな事実だ。しかし、弁当はない。親が来ないことは我慢できても、空腹には耐えられないのが子どもというものかもしれない。
 その時、ふと同級生が僕の目の前を通りかかった。その子の家は近所でもあったし、普段からよく遊んでいる子だった。
 「何処で食べてるの?」
 「いや、食べてないよ」
 「食べてないの? じゃあ、こっちで食べない? 一緒に来たら?」
 「いや、いいよ。向こうで食べるから」
 僕はとても惨めな気分になってその場を離れた。うろついていると又、声をかけられるのではないかと不安だった。僕は校舎の階段を上り、教室の誰もいない廊下の窓から外を眺めた。空は青く晴れ渡り、爽やかな風が吹いている。そして、眼下の運動場には僕の住んでいる世界とは全く別の世界の人たちが、笑いながら弁当を食べている。よく晴れた惨めな秋の日だった。
 そして、そんな事情を知っている近所のおばさんたちも、決して優しい人たちばかりとは限らない。祖父母の前では世間並の常識を持っている人間として振る舞っていても、子どもの前では時折、冷淡な言葉を口にするものだ。
 そう、あれは遠足の日のことだった。「○○君のお母さんは遠足だというのに、弁当も持たさずに何をしているんでしょうね? 寝ているのかしら?」などと僕に平気で言う人間すらいる。要するに、不幸も他人事であれば笑えるものだということを、僕は幼い頃から経験で学んでいたのだった。
 とにかく、僕は親が登場するような行事が嫌いだった。日々無視し続けているはずの寂しさを思い出させられるからだ。
 自分は他の誰とも違う。そんなふうに僕は思っていた。自分を取り巻く全てのことを忘れてしまいたかったのかもしれない。しかし、それは到底無理な願いであった。
 自分以外の人間がコソコソと話をしている姿を見る度に、全てが自分の悪口に思えてならなかった。そして、町角ですれ違う近所の人々の視線を避けて歩いた。まるで二重人格ではないかと思えるほど豹変するおばさんもいた。冷たい蔑みの視線というものを僕は知っていたし、世間なんてそんな程度のものだということを早くから知りすぎていたとも言える。だから、与えられたものに感謝もできず、斜めに世界を見ていた。
 そして、手の届かない「普通」という言葉を恨みながら日々は過ぎていった。




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