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教室裁判
 
 人間という生き物はレッテルを貼られると、それが事実かどうかは別として、その実態に近づいていってしまうものかもしれない。やがて本人も気がつかないまま、貼られたレッテルに見合う人間になってゆく。
 小学校ではすでに悪戯者の悪童として僕は認知されていた。周りの生徒に違和感を覚え、目に見えないバリアのようなものに隔てられている感覚はいつもあった。しかし生来、根暗な性格ではなかった僕は、そんな違和感を壊すために進んで悪戯をするようになっていた。他の生徒と対極にあることが僕の存在を示す唯一の手段でもあったからだ。
 ある日の学級会。教師は「今日のテーマは何にしますか?」と生徒達に尋ねた。その時、教師があるテーマを提案した。
「○○君について皆さんはどう思いますか?」
「悪戯がひどいと思います」
「授業中うるさいです」
「この間○○君に足を蹴られました」などなど。
 よくもまあこんなにあるものだと自分自身驚きながらそのやりとりを聞いていた。
「それでは、今日はこうしましょう」教師はおもむろにチョークを手に取ると、黒板に向かって何かを書いた。今日のテーマ「○○君をどうするか?」生徒達は歓声を上げて大喜びして納得した。
「どうするか?」という文字だけが大きく見えたのを今でも覚えている。
「○○君はどんな悪戯をしますか?」教師は尋ねた。
「○○君は授業中どんな風にうるさいですか?」
「○○君はどんな暴力をふるうのですか?」
 次々と教師が質問を繰り返し、生徒達はあることないことを次々にぶちまけていった。僕は教壇の上に立たされたままそれを黙って聞いていた。40人近い同級生達が、これでもかと言わんばかりに僕をつるし上げる。そして教師も生徒も僕を見ない。まるでこの場にいない人間の悪口を言うように。
 僕は1分1秒ごとに、世界が自分から遠のいていくような感覚を覚えながらそこに立っていた。やがて全ての意見が黒板に書き込まれた頃、弁護士のいない裁判は判決の時を迎えてた。
「それでは、今後○○君が、このようなことをした場合、どうしたらよいでしょう?」
「全員で袋叩きにすればいいと思います!」誰かの叫んだ声に全員が歓声を上げ、教師は微笑みながら判決文を書き込んだ。「全員でやっつける」と。
 こうして教室裁判は終了したが、その日からまた新しい生活が僕には始まっていた。それは、敵と味方という関係だった。もちろん味方は誰もいない。まるで執行猶予中の人間が肩身の狭い思いで暮らすように、僕もまた抗うことの出来ない絶対的な権力の手の中にいた。
 そんな気持ちで数日を過ごし、やがてその日が来た。何をしたのかは覚えていないが、同級生達が奇声を上げて僕を追いかけ回す事態となった。捕まれば例の“袋叩き”だ。
 僕は必死で教室の中を逃げ回った。次第にその状況はヒステリックなものになり、僕も捕まえようと飛びかかってくる同級生達を引っ掻いたり、殴ったりして何とか逃げようとしたが無駄だった。やがて僕は教室に置いてあるテレビの前に追い詰められ、全員から“袋叩き”にされた。刑の執行はいつも突然であることを僕は今までの経験から知っていた。暗い海の底から怒りに満ちた同級生の顔を見上げながら涙がこぼれ落ちるのを我慢していると、ひとりの女の子が僕をかばうように身をかぶせてきた。
「やめて!やめて!」と女の子は泣きながら叫んだ。
 やがて刑の執行は中断され、目の前が開けた。女の子は「○○君、大丈夫?」と僕に尋ね、「こんなことは間違っている!」と、同級生達に向かって強い口調で言い放った。同級生達は「学級会で決まったことだ!先生も良いと言ったじゃないか!」と吐き捨てた。しかし、女の子は「それは間違っている」ときっぱりと言った。同級生達の中からも「こんなことは、かわいそうだ」という言葉がこぼれた。
 それから女の子は、「もう悪戯しない?」と、僕に尋ねた。僕はただ黙って頷いた。
「ゆるしてやろう!こんなことは間違っている。僕らは間違ったことをしている」同級生達は納得した。僕は立ち上がると、笑顔でみんなに迎えられた。
 今でも、あの教室裁判が何だったのかは分からない。そして教師が子ども達に教えた「罪と罰」のあり方は、正しかったのだろうかとも思う。そしてこの教室裁判の果てに僕が見つけたものは、ひとりの女の子が教えてくれた優しさの欠片であった。





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