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悲しい誕生日

 父と継母、そして兄弟たちと別れて暮らして以来、初めての誕生日を迎えた日のことだ。その日の朝、父が甘いバタークリームのケーキを持参して実家に現れた。
「仕事だから、夜にまた来る」
父はケーキを僕に手渡して、そそくさと出て行った。自分の息子の誕生日を忘れていないことだけが、親子としての唯一の接点のように思えたが、それは嬉しい朝だった。
 継母もその日、めずらしく実家を訪れた。普段より少し高い声で余所行きの会話をしては、祖母の前で笑っていた。その後はデパートに買い物に行って何かしらのプレゼントを買い与えるという段取りだった。
 僕は継母の後ろを歩きながら駅前のデパートへと向かい、赤と白の縦縞のズボンを買ってもらった。しかしそれは誕生日のプレゼントを選ぶという楽しさよりも、目的のはっきりしない儀式的なものだった。
 実家に帰ると継母はまた祖母に愛想笑いをしながら、買ったばかりのプレゼントを披露した。祖母も笑顔でそれを喜んで、「新しいズボンを買ってもらって良かったね」と言って、継母にお礼を言った。それはとても不思議な光景だった。お互いに相容れない性格の二人がこの瞬間だけは家族を演じている。僕はその光景に違和感を覚えながらも、内心では誕生日を嬉しく思っていた。
 継母が帰ると祖母はそそくさと支度をして言った。
「今からデパートへ行くから支度をしなさい」
「さっき行ったじゃない」と僕が答える。しかし、祖母はやはりデパートへ行くのだと言う。仕方がないので着替えをすましてデパートへ向かった。寒々しい冬の夕暮れの雪道を歩きながら、祖母もきっと何かを買ってくれるのだろうなどと想像していた。デパートに着くと祖母は意外な提案を僕にした。
「どのズボンがいいか選んでいなさい。私は少し用事があるから」と、言ったきりどこかへ行ってしまった。ズボンを選ぶのは今日が2度目だった。なぜズボンを選ばなければならないのか不思議に思って、しばらくそこでぼんやりしていると祖母が帰ってきた。
「何がいいか選んだかい?」祖母は尋ねた。
「ズボンはさっき買ったからもういらないよ。違う物がいいんだけどな」僕がそう言うと、祖母は苛立たしそうに言った。
「あのズボンはもう無い」
「無いってどういうこと?」
「あのズボンは返品したんだ。だからもう無い」
「何で返品したの?買ってもらったズボンだよ」祖母はきっぱりとした厳しい口調で答えた。
「あんな女から何も買ってもらうんじゃない」
 僕は言葉を失ってしばらく黙っていた。僕はもうズボンなど欲しくはなかった。いや、何も欲しくなかった。
 デパートを出ると日はすっかり暮れ、街灯の明かりに照らされた雪が静かに降っていた。そしてそれは、僕の心の中にも降り積もった。さっきまでの祖母と継母の会話は何だったのだろうか。その答えを考えるには僕はあまりにも幼すぎた。ただ、祖母と僕の雪を踏みしめる足音だけが通りに響いていた。
 その日の夜遅く、仕事帰りの父が実家に立ち寄った。父は大きな紙包みを取り出して僕に手渡した。その中身はSLの蒸気機関車のおもちゃだった。電池を入れると汽笛を鳴らしながら走るその姿に僕は喜んだ。父と祖母はたわいのない話をしながら僕が夢中で遊ぶ姿を眺めていた。不意に祖母が言った。
「さあ、もう遅いから寝なさい」
「うん。それじゃあまた朝になったら機関車で遊んでいい?」
「ああいいよ。だからもう寝なさい」
 僕は遊んでいた機関車を箱に入れて、茶の間の片隅に片づけると部屋に入って眠った。
 翌朝、僕はいつもより早起きをした。学校へ行く前に機関車で遊ぶためだ。しかし、昨日それを片づけたはずの茶の間の片隅には機関車の箱はなかった。
「おばあちゃん?昨日の蒸気機関車は何処に片付けたの?」僕が大声でそう叫ぶと祖母は不機嫌そうにそれを無視した。
「ねえ。蒸気機関車は何処?」更に尋ねると祖母はテレビを見ながら呟いた。
「もう無い」
「捨てたの?」もう、祖母は何も答えなかった。
 僕は、実家の横にある倉庫のゴミ箱へ向かった。しかし、そこにも機関車はなかった。僕は泣きながら祖母に再び尋ねた。
「おばあちゃん。機関車はどこ?なんで捨てたの!」祖母が今度は大声で怒鳴った。
「あんな親に買ってもらったおもちゃで遊ぶな」
 それ以来、僕はクリスマスのケーキを拒否し、誕生日のケーキを拒否し、プレゼントを拒否した。そしてそれ以降、僕の誕生日を祝う人は誰もいなくなった。それでも僕はクリスマスの夜には密かに枕元に靴下を置いて寝た。いつか、本物のサンタクロースが来てプレゼントをくれるのではないかと思っていたからだ。しかし、朝にはその夢も壊れた。
 そして、誕生日がくる度に、返品されたズボンと捨てられた機関車を今でも思いだす。





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