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他人の住む家
 
 そうとは知らずデパートの屋上で会っていた母はいつしかどこかへ消え去り、とうとう継母が実家に来た。祖父母と父と僕の暮らしの中に、継母という存在が追加され5人で暮らし始めたのだった。
 しかし、その生活はあまりにも短く、記憶は空白に近い。すぐに妹が生まれ、そして弟が生まれた。3部屋しかいない家に7人の人間が暮らすことは無理だったのだろう。いつの間にか実家から出て行くことが決まっていた。その時、初めて別居という言葉を聞いた。祖父母と別れて暮らすことの寂しさと、何かよく分からない不安のようなものを感じたのを覚えている。
 祖母と継母は仲が悪かった。僕は台所でぼやく祖母の言葉の中に、去っていった母にも向けられたであろう悲しい言葉の数々を想像しては、大人の身勝手さに腹を立てたりもした。
 とうとう引っ越しの日が来て、借家に移り住むことになった。この殺伐とした家には僕の味方をしてくれる祖父母はいない。父と僕。そして継母と兄弟たち。心の中で僕はそんな境界線を感じていた。そしてまた、父と継母と兄弟たち。そしてオマケに僕。という現実の境界線を知ることになる。
 継母は祖父母から解放され、明らかにその振る舞いが変化した。膝を立てて座り薄暗い部屋でテレビを見ながらタバコを吹かす、そのふてぶてしい横顔に恐怖さえ感じたのも事実だった。そこに存在していた女はまさに他人であった。
 その当時、父は早朝から牛乳を配達してまわり、日中にはアイスクリームを商店のストッカーに納品する仕事に追われていた。帰りはいつも夜の9時頃だったと思う。そんなふうに父はいつも家にいる時間が少なく、自分がいない間に僕がどんな扱いを受けているのかを知ることもなかった。
 僕は父が帰ってくるとやっと落ち着くことが出来た。この家の居心地の悪さには耐えられなかったし、肉体的にも精神的にも居場所がなかった。
 小学校の帰りに神社で友達と遊び、5時を告げるお寺の鐘が鳴ると、夕暮れの川沿いを歩いて家に帰った。しかし、玄関には堅く鍵がかけられている。玄関のガラスをたたきながら、「中に入れて」と叫んだ。家の中からは「もう5時過ぎだ。中には入れない」と、返事が返ってくる。しばらくの間、ガラスをたたき続けてみても、返事は帰ってこない。冬の夕暮れの寒さをこらえながら玄関の前に座り、いつか許されるその時を待った。部屋のカーテンの隙間から継母と兄弟達が食事をする光景を眺めながら、ひもじさに震えていた。そして夜になり長い時間が過ぎた頃に玄関が開く。「さっさと中に入れ」と面倒くさそうに継母が僕に言う。部屋の中に入って時計を見ると9時。そんなことが数日おきに続いた。門限を守り部屋で過ごしていても、ほかの理由で外に出されることもあった。静まりかえった通りに家々の明かりが揺れている。そんな普通の暮らしを羨んでは星空を見上げていた。
 ある日、いつもと同じように外に締め出されているところに父が帰ってきた。父は「こんなところで何をしている?」と、不思議そうに僕に尋ねると玄関を開けようとした。継母が慌てて鍵を開けると、父は大声で「お前は子供に何をしているんだ」と怒鳴り散らして継母を平手打ちした。しかし、もうそんなことはどうでもよかった。父のその怒りによっても、この生活を変えることは出来ないと僕は感じていたから。
 翌日から僕は小学校が終わると祖父母の家に向かい、毎日のようにそこで寝泊まりした。たまに家に戻っても、着替えを取りに帰るだけで、また同じように実家へ向かった。僕のその行動を見ても継母は何も言わなかった。
 ある日、いつものように小学校から実家に帰宅すると、めずらしく父が来ていた。
「お前、本当におばあちゃんの家で暮らすのか?」と、父が聞いた。
「うん」僕は即座に答えた。そして、ランドセルを床においていつものように神社へ走っていった。
その後の大人同士の話し合いの内容がどのようなもので、どんな約束が交わされたのかは知らないが、それ以来、僕は祖父母の家で暮らすこととなった。
 ひとり取り残されたような気分にはなったが、もう継母のいる家には戻りたくなかった。あの他人の住む家は、家族ごっこをする場所でしかなかったからだ。
 それ以来、賽の河原で石を積むような生活が始まった。





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