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屋上にいたおばちゃん

 週末になると僕は祖母と一緒によくデパートの屋上へ行った。デパートの屋上には汽車やパンダの乗り物があり、その奥の一角にはたこ焼き屋があった。その日は僕にとって幸せな日だった。どんなわがままも許されそうな気分のいい日だった。そこで遊んでいるといつも決まってあの「おばちゃん」が優しい笑顔をたたえて現れるのだった。
「こんにちは」おばちゃんがいつものように元気に話しかけてきた。
「こんにちは。おばちゃん。今日は何を買ってくれるの?」
「なんだろうね。それじゃあ、中に見に行きましょうか?」
「うん。おばあちゃんも一緒に、中に行っておもちゃを見ようよ」
 しかし、いつも祖母はどこか複雑な表情で、何か申し訳なさそうな目で微笑むのだった。その態度に僕は、「あまり高価なものをねだってはいけないのだ」と感じていた。その為、時にはおもちゃを我慢して、その代わりにたこ焼きや乗り物をねだった。
 屋上のベンチでは祖母とおばちゃんの真ん中に僕はいつも座った。おばちゃんはたまにハンドバッグから新しい靴下や下着を出しては、僕に手渡した。しかし、ひとつだけ分からないことがあった。そんなふうに楽しく長い時間を過ごしたはずなのに、何故かおばちゃんは決まって別れ際にはハンカチを出して泣いているのだった。
「おばちゃん、なぜ泣くの?」隣で泣いているおばちゃんを僕は下から見あげてはそう言った。
「大丈夫、泣いてないわよ」とおばちゃんはいつも答えるだけだった。
 そんな週末がしばらくの間続いたある日の屋上で、いつものように祖母とおばちゃんと過ごしていたときのことだった。
「おばちゃんは、もう次からここには来られなくなったの」と、突然言いだした。
「なんで?また一緒に遊ぼうよ」僕はおばちゃんに言った。
「だから、今日は何でも好きなことをして遊んでいいのよ」
 幼い僕にとっておばちゃんは何でも買ってくれる優しい人だった。好きなことをして、何でもたべられて、何でも買ってくれるおばちゃんは特別な存在だった。おばちゃんが好きということではなく、「何でも買ってくれる」から好きだったのだろう。
 その証拠に僕はおばちゃんの顔を覚えていない。覚えているのは、うつむいて泣いているその姿だけだった。
 やがて街に夕暮れが近づいて、いつものようにおばちゃんと別れる時間がやってきた。祖母とおばちゃんは僕が動物の乗り物に夢中になっている間に、たこ焼き屋の横で随分と長い話をしていた。僕は今日がおばちゃんと会える最後の日だということもすっかり忘れて夢中で遊んでいた。
 そしてやがて別れの時間がきた。おばちゃんはしみじみと僕を懐に抱いて、「さようなら」といった。やはり、いつものようにおばちゃんは泣いているのだった。
「さようなら、おばちゃん」そう叫んで手を振ると、おばちゃんはハンカチで目頭を押さえながら手を振り、屋上の自動ドアの向こうへと消えていった。振り返ると祖母も泣いていた。
「おばちゃん行っちゃったね」寂しそうに僕は呟いた。
 沈みかけた夕日が見えるデパートの屋上で、祖母は静かに、しかもしっかりとした口調で僕に言い聞かせるように話した。
「あれは、おばちゃんじゃない。お前のお母さんだよ」
「お母さん?」
 僕にはその意味が分からなかった。僕にお母さんはいないのに、なぜ、おばちゃんがお母さんなのだろう。
 あれから長い年月が過ぎたが、デパートの屋上に立つと、いつも、あのおばちゃんの事を思い出す。自分の息子から「おばちゃん」と呼ばれた可哀相な母のことを。そして、幼い頃の自分の言った「おばちゃん」という言葉に詫びながら。






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