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母を新調する日

 誰かの家の縁側の大きな窓を父がノックすると、その女は家の中にもかかわらず余所行きの衣装で現れた。
 彼女はにこやかに微笑んで僕の名前を呼んでから明るく笑いかけて、僕にいくつかの質問をした。しかし僕はその質問を覚えていない。何か特別な質問ではなかったような気がする。学校の事や好きな食べ物の話だったかも知れない。
「この人誰?」僕は父の顔を見て言った。
「この人が新しいお母さんになったら、嫌かい?」父が静かに言った。
「いいよ」僕は直ぐに答えた。
「本当に、いいんだね?」父は何度も念を押すように言った。
「うん、いいよ」僕は別の答えを父もその彼女も望んでいないことを何となく気付いていた。
 その後、何かの儀式が済んだ後のように父と彼女は安堵の表情を浮かべていた。その儀式にどんな意味があるかなどと僕は考えなかった。ただ何故か早くこの場を立ち去りたい気分だった。それでも「新しいお母さん」という響きだけは耳の奥で何度も繰り返し聞こえていた。
 新しい洋服や新しい靴を新調するように、「古いお母さん」の役目は終わりその絆はゴミ箱に投げ捨てられた。その代わりに「新しいお母さん」が父という男によって新しく新調された。僕にとって今日起こった出来事はそれ以上でもそれ以下でもなかった。それは、父とその彼女の為の儀式であり、僕にとっての儀式ではなかった。
「もう帰っていいかな?」僕は遠慮気味にそういって父の手を離した。
「どこかへ遊びに行くのなら、行ってきなさい」父は笑顔だった。
 僕は二人の顔を見ないふりをしながら確かめた。二人は幸せそうだった。僕は元来た道を駆け出した。心の中で白い雲と黒い雲が入り交じって灰色になるような気分だった。しかし、僕は泣かなかった。
 母を新調した日、僕は本当の意味で家族を失った。






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