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奈良で演劇が目をさます

 桜井市にある桜井小学校の西の丘には「土舞台」という芸能の発祥の地がある。市のホームページによれば、「日本書紀・推古20年(西暦612年)に百済の人、味摩之(みまし)が呉で伎楽舞(くれのうたまい)を学び、これを聖徳太子がご覧になって、この地で少年を集めて習わしめたという。土舞台は、初の国立演劇研究所がつくられた所である」と伝えられている。
 住宅街の狭い路地をどうにか抜けて辿り着いたその丘の上は、忘れ去られた異空間のようにポッカリと拓けている。せっかくなので、いつか何かで見た伎楽の迦楼羅(かるら)の舞いを真似てしばらくそこでおどけてみた。もし誰かがそれを見ていたらかなり怪しいオヤジに見えただろう。
 そんなことをしていると不思議にひとりではない錯覚を覚える。それは気配だ。見ようとすれば消え去り、見まいとすれば立ち現れるこの地の霊力か。それとも、技楽舞に熱心に打ち込んだ少年たちの消えざる熱気が今でもこの地に漂っているのか。僕はそんな幻想を抱きながら、しばらくそこに佇んでは遙かなる古代に思いをはせた。
 残念なことに伎楽は現在ではすっかり衰退してしまい、観る機会がほとんど無くなってしまっている。しかし、その意志はあらゆるものに姿を変えて発展し、現代に息づいている。舞台芸術である演劇もそのひとつだろう。
 そんな歴史的な土壌があってかどうかは不明だが、奈良には多くの市民劇団や演劇集団が存在している。地域密着型のスタイルもあれば、個性的で斬新なものもある。
 そもそも僕が奈良に転居した目的のひとつは、この地から舞台芸術を発信することでもあった。思えば詩を書き始めて30年近くになるし、演劇を始めてから15年にもなる。演劇との関わりは、詩的なエッセンスを舞台化したいという思いから始まったものだ。
 僕もかつては大阪や神奈川で劇団を主宰していたこともある。弟や妹のような沢山の劇団員と共に創作に明け暮れる日々が続き、朝まで稽古をする日もあった。共に飯を食い、共に酒を酌み交わし、小さなアパートで雑魚寝しながら数年を過ごした。30歳を過ぎて訪れた2度目の青春。そんな中で、青春は終わるのではなく、自らの意志で卒業するものであることを知った。そしていつまでも卒業せずに、青春の中に生きることが出来るのだということも同時に知った。
 長い間ひとりで創作活動をしていた僕は誰かと一緒に何かを創り上げる喜びを知らなかったのだろう。汗と涙が染み込んだ稽古場の独特な匂いや、様々な困難を乗り越えて舞台に立つ彼らの晴れやかな横顔。そして舞台の幕が下りる瞬間の「本日は誠にありがとうございました!」と叫ぶ劇団員の声。その全てが感動的だった。出会いと別れを繰り返し、喜びや悲しみを感じながら、演劇という懐の中で自らを演じながら誰もがその愛おしい時間を噛みしめていたのだろう。同じ時間を共有し、共に生きていることを実感する。それが創作の母体であることを改めて感じたその体験は、演劇を超えた演劇の価値を僕に教えてくれた。
 その後、僕は奈良に転居した。演劇発祥の地で創作活動をしたいというのが、転居の理由のひとつだったからだ。
 転居して間もなく、奈良県庁のホームページの中に「奈良県文化情報」というバナーを発見した。そのページの中には、芸術団体情報というのがある。県内の様々な芸術団体を検索できるシステムだ。さすがに奈良県は進んでいる。と、カテゴリーを探しているとなんと、「演劇」というジャンルがない・・・。「■音楽(邦楽・太鼓・民族音楽・民謡)■能・狂言・雅楽・舞楽■舞踊■華道・茶道・書道■楽(声楽・合唱・オペラ・ミュージカル)■音楽(洋楽)■伝統芸能■美術■その他」。これはかなりショックだった。演劇をしている団体がこれほどあるのに、「演劇」というジャンルが存在しないのだ。仕方がないので「■その他」を検索してみると、演劇団体はそこに登録している。更にショックだった。要するに奈良県では演劇は「その他」なのであった。数日後、僕は県庁に電話をして担当者に面会を要請した。そして、演劇というジャンルがなぜ必要か?という企画書を何枚も書いて持参した。担当の方は熱心に話を聞いてくださった。「お話はよく分かりましたので、検討します」という答えだった。そして、その1ヶ月後、芸術団体情報に「■演劇」が付け加えられた。考えてみれば、個人の要望をいちいち聞いていたのではきりがない。それなのに奈良県庁の職員の方々は、その事実を真摯に検討し、反映させてくれたのだ。僕はそのとき奈良人の懐の深さに感謝し、同時に感心させられた。
 聖徳太子が日本で初めての国立演劇研究所として芸術文化を創造したであろうこの奈良という場所には、そのご意志が今も変わらずに生きているのを感じる。
 演劇は、現代社会で希薄になりつつある「共に分かち合う力」を信じるための手法としてもその効果が期待できるだろう。そして、今こそ奈良から演劇を発信するべきだと思っている人も多いはずだ。   さあ、一緒に奈良から演劇を発信しようではないか。





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