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風の詩人の連載は僕自身の放浪癖に火をつける。
過去の旅の記憶を思い起こす日々が原因か
今年の五月の下旬、またやっかいな虫が騒ぎ出した。
周囲の人に連日「引越しします」と言い放ち、
自分を追い込むやり方は以前と変わりなし。
思えば川崎に来てから7年が過ぎ去ったのである。
転居先は奈良県。生駒山の裾野に広がる生駒市である。
と、いう訳でもう僕は川崎にはいないのです。

連日のお別れ会でへとへとになりながら荷造りをするのだが、
荷物に封をする度に7年間の旅の重さを感じていた。
友達などいない筈だったのだがそうでもないらしいことが判明し、
自分でもびっくりしている。
この10年は山形だったり、大阪だったり、川崎だったりした。
旅先でお別れ会などで泣いてくれる人を眼の前にすると、
人間不信の僕でさえ「人間は暖かい」などと思ったりする。
元来ひねくれ者の僕は、ひねくれ者ゆえに寂しがり屋なのかもしれない。

自動車の距離メーターが507キロを表示した
6月の7日の深夜に僕は奈良に辿り着いた。
早速、次の日は街に出てみる。
ここは僕のいない街である。
ここでは、誰も僕を知らない。当たり前なのだが、
不思議で懐かしい感覚が蘇って来る。
30歳でたった10万円のお金を持って山形から大阪に向かったあの日だ。
真冬の工事現場でドラム缶の焚き火を見つめながら
泥だらけの作業着で生活費を稼いだあの日の記憶だ。
僕はいまゼロである。
今まで何度ゼロから出発したことだろう。
30歳だった男は41歳になっていた。
この街では山吹草太という男を誰も知らない。

生駒山には生駒聖天「宝山寺」というお寺がある。
「賢者は海を愛し、聖者は山を愛する」とは誰の言葉か忘れたが、
とにかく、僕は僕のいない街を見下ろす為に山に登った。
澄み渡る景色を眺めながら、長い石段を登る。
苔生した参道に暖かな笑みを浮かべたお地蔵さんが並んでいる。
「やってしまったな・・・」振り出しに戻る。
僕の転がすサイの目は、期待と不安の裏表。
風の詩人に安住の地は無く、果てしの無い旅だけが生命なのである。

ふと見上げると、真っ赤な前垂れを付けたお地蔵さんの前で、
黙々と手を合わせるひとりの女性が目にはいった。
祈り、人間の祈り、人々の祈り。
僕も思わず手を合わせた。
誰に?
それは僕が出会った全ての人に。
その時、一陣の風が僕の髪を撫でて吹き過ぎていった。
人は決して孤独ではない。
僕はゼロなんかじゃないんだ。と、そう思った。
孤独な時、寂しい時、後ろを振り向いて御覧なさい。
大勢の友達があなたを見守っています。
それが見えないのは、あなたが見ようとしないから。
ささやくような仏たちの声が聴こえた。
僕は僕のいない街を見下ろして。
大きく深呼吸をした。
新しい自分を見つける為に。

孤独な者は
生まれもしなかっただろう

お前は愛の中に誕生した
たったひとつの沙羅の花

朝に咲き
夕に枯れて落ちるとも

お前は孤独ではない

お前のその純情な花びらを
僕が覚えているから
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