いい男といい女が誕生するまで
 
 近頃は何故か男がカッコ悪い。少年たちが憧れるような男はどうも少なくなってしまった。自分のことを棚に上げて書いていることにはいささか矛盾も感じるのだが、そう思えるのだから仕方がない。
僕が学生だった頃の日本の映画で、こんなキャッチコピーがあったのを憶えている。「男は強くなければ生きられない。優しくなければ生きる資格はない」当時はかなりこのセリフに感化されたが、社会に出ると現実とのギャップを痛感させられた。時代は変わり「男は稼ぎがなければ生きられない。家庭の中にもいる場所がない」といったようなキャッチフレーズが似合うような世の中になった。
 テレビのコマーシャルをみても、昔の日本と比べて男女の力関係が明らかに逆転したことが感じられる。「オヤジは臭い」からはじまって、男がピシャリとやられる映像が増えた。女をピシャリとやるコマーシャルを作ればたちまち女性団体から抗議が入り、放送中止などという羽目になるから制作する方も女性への配慮は欠かせない(笑)
 更に、男性の女性化もかなり問題である。見た目の価値観も変化した。「着物の似合う恰幅のいい男」などという褒め言葉は死語だ。現代ではそれを「メタボオヤジ」というのだ。要するにスリムで女のように美しい顔でなければ価値がないという風潮が蔓延している。ましてや男性エステなど書かれた看板に違和感を憶えるのが僕だけだとしたらかなり恐い。ついでに、夏祭りなどで見かける浴衣姿の男がマッチ棒のように見えるのも僕だけだろうか。着物を着るときに多少腹が出ているくらいでないと、なんか海苔巻きみたいでカッコ悪いだろう。それなら最初から多少メタボな方がいいのではないかとさえ思える。話が脱線してメタボの話になってしまったのは、近頃自分自身が少々メタボ気味なのでその言い訳をしているともいえる(笑)どちらにしてもこじつけ過ぎた気がしてきたのでこの話はやめよう。
 実際の男性の生活環境とはどんな感じなのだろうか。やはり、家に帰れば女房に邪険にされ、こどもには尊敬されず「ウザイ」と一喝されてしまったりしているのだろうか。こども達は母親から「お父さんのようになるわよ!」と悪い見本の代名詞に使われる父親をどう感じているのだろうか。家庭で唯一役に立てる事と言えばゴミ出しぐらいだとすると、かなり男としては悲しい。
 結局は居場所がないのでスナックや居酒屋に逃げ込むのだが、お小遣いが少ないので公園のベンチで缶コーヒーを飲んでは溜息をつくのが日常。たまに出張の経費で飲めるとなれば、羽目を外してキャバクラで若い女の子とお話しできるのだが、最終的には昔の「モテ話」をして苦笑されて帰るのがオチだろう。寂しく路地裏に消えてゆく後ろ姿を想像すると思わず合掌したくなる。挙げ句の果ては糖尿病になって、酒も煙草も取り上げられ、自宅で病院食のような食事をしなければならない羽目になったらどうしよう。などと考えると夜も眠れないのではないだろうか。
 持論だが僕はこう考えている。「いい男」を育てるのは「いい女」だし、「いい女」を育てるのは「いい男」であると。ということは、「いい男」の減少に比例して「いい女」も減少したということになる。
テレビに離婚した女性が引っ張りだこで出演しているのをよくみかける、不幸な現実をお笑いに変えて逞しく芸能界を生き抜いているのはいいのだが、かつてパートートナーだった男をこき下ろす品のなさには閉口する。その逆で、男が女の悪口を言うのは更に醜い。どうも僕は楽しめない。要するに笑えない。男も女も自分の主義主張だけがあって、結婚そのものが何かの投資のようにさえ思えるのだ。だからアテがはずれれば離婚という結果になる。勿論これは一般論ではない。家庭内暴力や様々な深刻な問題で離婚に至ることも多いのも悲しい現実だ。
 歴史の影に「女」あり。というが、それは本当だ。世の中で華々しく活躍する男の影には必ず「いい女」の存在がある。自分が幸せな結婚をしたいと考えるなら、彼氏そのものを育てる必要があるし、いい旦那と幸せに暮らしたいなら「いいオヤジ」を育てる必要がある。その逆も真なりで、「いい男」だから「いい女」が育つともいえるだろう。
 以前にある教会で牧師さんが言った言葉を思い出す。「相手に文句を言っても何も変えることは出来ないんです。直してもらいたい事があったら、ほんの些細なところでもいいから、相手の良いところを褒めてあげなさい。人間って、褒められて期待されるとそれを維持するために頑張るものですから。相手を変えるのは文句でも脅しでもなく、愛ですよ」この言葉を聴いて感銘を受けたのを今でも憶えている。
 どちらが上か下かなどという力関係に執着する価値観を捨てて「お互いを思いやる心」を取り戻す時代が来ている。そんな忘れものに気が付く春であってほしいものだ。





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2009.08.20 いのちの作法
いのちの作法
 
 ここに一本の記念すべきドキュメンタリー映画が出来た。岩手県の旧沢内村(現西和賀町)を舞台にした「いのちの作法」という映画だ。
 なぜ岩手県が舞台の映画をこのコラムで取り上げるのか、読者の方は疑問に思うかも知れないが答えは単純だ。ずばり、今の日本人が観るべき映画だと思うからである。
 岩手県の旧沢内村といわれても、奈良に住んでいる僕たちにとっては、何の接点もない東北の村の映画であるように思えるだろう。しかし、人間というキーワードを根底において考えれば、日本に暮らす同胞としてこの作品に触れることは自然なことだ。
 この作品のプロデューサーはなんと、都鳥拓也と都鳥伸也という20代の若者だ。彼らが自ら東奔西走して資金を集め、村人や多くの人々に支えられて完成させた映画、それがいのちの作法。監督はドキュメンタリー映画界の重鎮である小池征人監督だ。
 岩手県の沢内村にひとりの男がいた。名前は深沢晟雄(ふかざわまさお)。昭和32年に沢内村の村長となった人である。深沢村長は豪雪と貧困の中で多病多死の不幸な悪循環の地にあった沢内村に於いて「生命尊重の理念」をいち早く唱えた慈愛に満ちた人だった。老人医療費を無料にしたり、乳児の死亡率ゼロを達成させた生命行政とそれを継ぐ者が物語の主役である。
「地域格差や経済格差を言う前に、人間の命に格差があってはならない」映画の冒頭の深沢村長のこの言葉に僕は愕然とした。
 「人間の命に格差があってはならない」その言葉を聞けば、至極当然のことなのだが、僕にはとても新鮮に感じられた。命の格差とは何か?テレビでも新聞でも話題にならないが、もっとも根源的なこと。どのような運命を背負って生まれた人間でも人間の尊厳をもって生きる事の出来る社会とでも言えば説明になるだろうか。
 この映画は劇映画ではなくドキュメンタリーなので、登場人物も役者ではなく本物の地元の人々である。ドキュメンタリー映画を見慣れていない人の方が多いかも知れないが、飾らず素のままの人間を目の当たりにすると泥臭い反面、何処か温かみのある真実を感じることが出来る。そのことがとても新鮮な力強さを表現しているように思える。劇映画でも素晴らしい作品は沢山あるが、監督の作品に対する思いこみが激しすぎて興ざめすることもあるし、抜擢された役者の役者魂が逆効果になることも少なくない。そのような面からこの映画を観たとき監督もスタッフも存在感を感じさせない。それはなぜだろう?それは真実のかもしだす説得力が制作者の意図など簡単に飲み込んでしまった結果のように思える。登場する地元の方々の一言一句が本物の輝きを放っている。汗も涙も本物なのだ。
 商業映画ではないこのタイプの映画は資金繰りも厳しく、お金が出来るまで次の撮影に入れないこともしばしばある。等身大で生きる人々を、等身大の時間をかけて撮影する根気強さと深い愛情が求められる職人魂がそこにはある。軽薄短小で何もかもがスピード化された時代に逆行するような映画制作。
 思えば老若男女の枠組みをさらりと超えて、人間同士が同じ時間を同じスピードで歩むことを僕たちはいつしか忘れてしまった。誰かが先に行きすぎることも、誰かがとても遅れてしまって泣いていることにも気が付かず、日々を疾走するように生きているように思えてならない。
 劇場で公開されないこの映画を是非、奈良の方にも観てもらいたいと感じた僕は、「いのちの作法」をここで取り上げた。未だに借金だらけの若い兄弟を応援してあげたいという気持ちもあるし、映画が僕の心を動かしたとも言える。「いのちの作法」とは、次世代へ人間の愛と命の大切さを繋ぐことである。こんなに素晴らしい映画を命がけで制作した若者を支えることも、大切な日本の心を未来へ繋ぐことも、ひとりの大人として当たり前のことだと思う。そんな忘れものを改めて感じさせてくれたこの映画に感謝したい。





エコとエゴの微妙な関係

 近頃の日本には「エコ」という言葉が氾濫し過ぎているように思える。
テレビ番組やCM、その他のマスメディアや企業の製品まで全部「エコ」という言葉でひとくくり。まるでエコロジーの大安売りのように感じる。勿論、環境を考えることは大切なことだが、心配なのは言葉が慣用され過ぎてしまい本来の意味を失ってしまうことだ。
 エコバッグで買い物するのは良いことだが、皮肉な問題も浮上している。「何処に行ってもエコバッグを貰うから、家には何十枚と使わないエコバッグが溢れている」と言って苦笑いする主婦の方もいるくらいだ。読者の方の中にも苦笑いしている方も多いのではないだろうか?使用もしない製品が「エコ」という名のもとに押しつけられ、過剰で無駄な生産の元凶になっているとも言える現象だ。
 現在の地球環境の変化をみれば「エコ」という考え方には誰もが賛同できるだろう。しかし、資本主義経済の中に落とし込まれた「エコ」には注意しなければならない。その代表が次々と発覚する「エコ偽装」だ。この問題は環境破壊やCO2の問題にもまして深刻である。人の善意や気持ちにつけこんで、それを踏みにじって商売をするのだから悪質極まりない。しかし、この様な事件の多発は僕たち消費者の価値観や危機感のなさも同時に露呈させる結果となった。
 もしかして、僕たち消費者の心理には「リサイクル=良いこと」「エコ商品=良い物」と捉えてしまう安易で短絡的な思いこみがあるのかもしれない。
 そして、エコ偽装をした企業側の会見の中にも真実が見え隠れしていることに気が付く。「普通に製造した方がコストも安い。エコ商品としてリサイクルするにはコストがかかり過ぎる。しかし、最近はリサイクルが流行だから偽装してもそれをやらないと売れない」と、偽装の言い訳を泪ながらにする責任者もいる。こうなってくると本末転倒も甚だしい。
 こうなると消費者側も企業ばかりを責めることは出来ない。「リサイクル=安い」という思いこみ自体を考え直さなければならない段階にきているのかもしれない。例えば、普通に生産されたコピー用紙が500円で、再生紙が1000円だったらどちらを買うだろう?「エコ」という言葉に安易に流される前に、生活者であり消費者である僕たちそれぞれにも、エコロジーを実践するための覚悟が求められているのではないかと感じる。
 テレビ番組やニュースなどで環境破壊の問題がクローズアップされ、この地球が危機的状況であるのは誰もが周知の事実なのだろうが、ひとつ疑問に思うことがある。「地球にやさしい」とか「環境にやさしい」というキャッチフレーズは良く耳にするが、「人にやさしい」とか、「心にやさしい」というキャッチフレーズはあまり見かけない。個人的な見解だが、地球環境の破壊と人間関係の崩壊とは因果関係はないのだろうか。つまり、ソフトの部分とハードの部分のバランスの問題である。環境問題と人間関係や心の問題は同時に議論されなければならないと思う。ハードの部分だけが「エコ」という言葉で象徴さてはいるのだが、「人の心」はどのように豊かにすればよいのだろうか。「ストップ!温暖化」これは絶対に必要なのだが、「ストップ!自分勝手」とは、誰も言い出さない。CO2も削減しつつ、自分勝手も削減しなければならないと思う。折角の「エコ」の精神が「エゴ」になってはいけない。環境問題と同じくらい、家族や友人に優しく接することは大事なことだ。身近にはじめられる「エコ」と、身近にはじめられる「優しさ」を今から実践したいものだ。
 むかし、二宮尊徳が「道徳なき経済は悪であり、経済なき道徳は寝言である」と言ったとか。そこで新たなスローガンを発表したい。「道徳なきエコは悪であり、エコなき道徳は傲慢である」というのはどうだろう?しかもそれを自分勝手な詩人が書いたとなればかなり笑えるはずだ。
 ここで話を戻すが、言葉という生き物は慣用されることで死に至る。僕個人の好みなのだが、自動販売機が言う「イラッシャイマセ」も、自動ドアが言う「アリガトウゴザイマシタ」も僕は聞きたくない。世間には、慣用され死んでしまった言葉が何と多いのだろうか。これから先もますます「エコ」という言葉は氾濫するであろう。しかし、それに慣らされず自らの意識をはっきり持って行動したいものだ。
蛇足だが、本当かどうかはさておき。これもよく耳にすることだが、日本人は相手に対して「愛している」とはあまり言わないらしい。しかし僕は、それでいいと思う。毎日ステーキばかり食べていたらその美味しさも色あせてしまうだろう。あなたの言葉も誰かの言葉も、そして語られなかった言葉も、同じように大切なのである。
 今を生きる僕たちも、未来を生きるこどもたちも自分の言葉をしっかり持って生きてゆかねばならない。使い慣らされた言葉ほど危険なものはない。あなたの言葉はあなた自身であり、生命そのものなのである。そんな忘れものを思い出しながら今年の秋を過ごしたい。






自分探しはやめなさい

 読者の方も「自分探し」という言葉をよく耳にすると思う。この言葉に何処かノスタルジックで居心地の良い響きを感じるのは何故だろう。テレビや映画で「自分探し」の主人公が感動的なドラマの主役として登場するからだろうか。しかし、「自分探し」という言葉自体がおかしな言葉ではないだろうか。
 学校を辞めるのも「自分探し」。会社を辞めるのも「自分探し」。家出も「自分探し」。旅も「自分探し」。熟年離婚も「自分探し」。何でもかんでも「自分探し」という理屈を付けて済ませてしまう風潮にはいささか閉口する。
 いつだったか「自分探し」の旅から帰国した友人に、それで結果はどうだったのか?と質問したことがあったのだが、「面白かった」というのが答えだった。そもそも「面白い」と感じた自分自身が本当の自分ではないのだろうか。それでもまた「自分探し」に出掛けてゆくのだから分からない。
もっとも、本来の自分に疑問符を付けて、これは本当の自分ではないと考えることそのものが逃避にしか過ぎないのではないだろうか。逃避したいと思うことや、実際に逃避することを否定はしないが、その事実を「自分探し」と安易に称するのには多少違和感を覚える。
 人間が生きてゆくうえで「迷い」は常に内在しているものであり、1分1秒ごとに「迷い」の中で時が過ぎてゆくと言っても過言ではないだろう。ある意味、生きること自体が「迷う」ことなのだ。
 では、何故に人は「自分探し」をしたがるのだろうか。笑い話のように聞こえるかも知れないが、答えばかりを与えられて「迷う」暇がなく、生きている実感がない。と、仮定してみたらどうだろう。
 実際問題、教育現場や実社会において、自分で判断する機会はどれほどあるのだろう。「迷う」機会を取り上げられてはいないだろうか。「迷う」機会を取り上げられるということは同時に「成長する機会」を取り上げられるということでもある。
 人間の実生活というものは、それほど原因と結果が明白なものではない。常に曖昧で渾沌としているのが現実なのだが、一方通行な論理だけが神の如く鎮座してはいまいか。1+1は2であるという答えが実社会では通用しないことはよくあることだが、答えばかりを覚えさせられて生きてゆくうちに「迷う・考える」という過程がおろそかになってしまってはいまいか。
 本来、生きるということは自発的なものであるはずなのだが、何となく生きてしまっていることも多い。「死んでないから生きているだけ」といった悲しい答えをする人もいる。これは若者に限ったことではなく、大人も同じ問題を抱えている。自発的に生きるということは、生きようとするエネルギーのことであり、「自らが生きることを選択し、その困難を引き受けようとする強い意志」のことである。
 しかし、残念なことに日本の自殺者数をみればその生きるとい意志が希薄になりつつあることが分かる。年間3万人が自ら命を絶つのだ。それぞれに生きることに耐えられないような事情もあるのだろうと察するが、幸、不幸や生老病死は全ての生きている者に公平に与えられた運命であるのだから、そのときが来るまで力の限り生き抜いて欲しいと願う。
 しかし、ここに素晴らしい考えがある「生かされている」という考え方だ。自分以外のものから恩恵を受けて生かされている。確かにその通りだと思うが、それだけでは駄目だ。「生かされている」という観念は受動的な側面を内包している。そこにプラスしたいのが「生きようとする意志」である。要するに「生かされている」幸せに感謝するのであれば、その感謝に答えねばならない。それが「生きようとする意志」を持つことなのだと僕は思う。
 話はかわるが、数十年前に「米不足」という事態が起こったのを読者の方々も覚えていらっしゃるだろう。当時はお米屋に行っても本当に米がなかった。そんな中、何とか手にはいるのはブレンド米とかタイ米であった。タイ米は日本のお米とは違い、細長くてパラパラした米だった。それを炊きあげてみると、かなり独特な香りがして、思わず「なんじゃこれ?」と呟いた。それから僕は「毎日これを食べるのか・・・」と溜息をついた。そのとき一緒に食事をしていた祖母が静かに口を開いた。「食べ物があるだけましだよ。私はぜんぜん平気だね。たとえ米がない時代になっても、口に入るものなら何でも結構。昔の人はウマイとかマズイとか文句は言わない。食べ物があるだけ幸せなんだよ」と、きっぱりと言った。その言葉に当時の僕は気付かされたのだった。「自らが生きることを選択し、その困難を引き受けようとする強い意志」とは、そのときに感じた祖母の強さであった。なぜこんな昔話をしたのかというと、自分など探さなくてもここにいるという現実をあらためて意識したいからである。
 たとえ、世界中を旅して歩いても自分など見つかるはずがないのだ。例えば、財布を何処に置いたか忘れてしまい家中を探し回った経験はないだろうか。焦ってそこいら中を掻き回すが見つからない。やがて諦めかけた頃に自分が持っていることに気が付く・・・(笑)
 いつからか、何かの価値のような錯覚でもてはやされた言葉「自分探し」。自分を探すのではなく、「自分はここにある」という実感のある言葉に置き換えたい。何処に行こうがテレビや映画のように劇的なことなど起こりはしない。とびきりの美女が大冒険に誘ってくれる確率も、大金持ちのイケメンと夢のような恋に落ちる確率も、お釈迦様のように悟りをひらく確率もほとんど無いだろう。それよりも、身近にある幸せを自らが見いだし、それを感じられる「自分が確かに存在する喜び」を知ることのほうがいい。
 新しい自分に出会いたければ、日々更新している自分を知ることだ。世界の果てまで探しに行く迷い旅よりも、自分自身の心で世界を映す旅の方がどんなに素敵だろう。
 冬が来て身も心も凍えそうになったら自分という暖炉に火を灯して、世界中を温めてあげればいい。
どんなときにも自分はここにいる。そんな忘れものに気が付く穏やかな奈良の冬でありますように。





小さな恋の物語をあなたに

 今回は趣向を変えて、春に相応しい小さな恋の物語をお届けしましょう。
この物語の中にあなたはどんな「時の忘れもの」を探すことが出来るでしょうか。

桜と絵描き
ひとりの男がキャンバスを手に大きな桜の木の下に立っていた。この男は絵描きであった。彼は玄人でもなければ、素人でもなく、ただの絵描きであった。
 その桜の木は何故か道の真ん中に生えていたので、村人は皆その桜の木のことを邪魔だと思っていた。その桜の木は、花の咲く春のたった1週間だけ村人に愛されたが、それ以外の季節にはやはり邪魔だと皆に思われていたのだった。
そして桜の木の前に立っているこの風変わりな絵描きは、春になろうが、秋が来ようが、誰からも愛されなかった。
そう、男は誰かを愛するだけに生まれ、決して誰からも愛されることのない孤独な絵描きだった。そして、何故に愛されないのか、誰も知らなかった。
 男がいつものように桜の木を見つめながら絵を描いていると、チリリンと微かな鈴の音が聞えた。見ると、花びらの上に小さくて、美しい少女が座っている。男は驚く様子もなく、ただやさしくその少女を見つめて言った。
「今日は、風が少し冷たいね」
 少女は微笑みながら小さく頷いて、花びらの上でくるりと舞った。その度に左足に付けてある小さな鈴が、優しい音を奏でた。
「こんなところで絵なんぞ描いてたら邪魔になるぞ!」
 苗を沢山積んだ手押し車の農夫が男に怒鳴った。その声に振り返るともうその農夫は後姿で遠ざかっていた。その後姿の肩口のところに、軽蔑という無言の意識が淀んで見えた。
 男は気を取り直して、また少女に話しかけた。
「邪魔なんだってさ」
 少女は少し寂しげな表情で笑って見せた。
「明日また来るよ」
 男は少女に言うと、その日は家へと戻っていった。
 それから毎日、男は桜の木の下へ出かけた。
 そして男は少女の絵を沢山描いた。時に少女は男のキャンバスの上から鈴を鳴らしながら滑ったり、美しい桜色をパレットの中で混ぜ合わせたりして遊んだ。春の突風が吹くと、少女の巻き毛は風にたなびいて桜色の雫を地面に降らせた。
 少女のその横顔は時として、大人の女の様に見えることもあった。男は少女のことを愛しく思うようになっていた。
 少女も男のことが大好きだった。その証にいつも少女は左足の鈴を鳴らして答えるのだった。
 しかし村人にとっては、毎日毎日桜の木の傍らで絵を描いているこの男は目障りだった。美しい花を見るために集まる村人達は、せっかくの気分が台無しだ。と、男に文句を言いながら皆、通り過ぎるのだった。
 しかし、桜の花びらが風と雨に飛ばされて、枝だけになってしまうと、もう誰も桜の木を見ようとはしなかった。
 花の終わった後にも、男だけはいつもの様に桜の木の下で少女の絵を描いた。来る日も来る日も男は少女に会いに行った。
 ある日いつもの様に男が絵を描いていると、ひとりの見知らぬ紳士が男に声を掛けた。
「美しい絵じゃないか」
 男が振り返ると紳士は続けた。
「君の絵を売ろうじゃないか。そうすりゃあ、金も入るし君は人気者になれるんだが、どうかな?」
「売るんですか?」
「勿論さ、全て私に任せておけばいいんだ。君を幸せな絵描きにしてやろうじゃないか。現に君は絵の具代にも困っているだろ?私に任せれば必要なものは何でもそろう。いつでも自由に絵が描けるんだよ」
 男は紳士の後をついて行った。少女は遠くを見つめながらため息をついて、それを見送った。
 翌日、男の家には大勢の村人と、見知らぬ人々が沢山集まっていた。週に一度の村の朝市のように人々はざわめき、そして興奮していた。
 紳士が声高らかに叫ぶと一斉に手が挙がり、男の絵は飛ぶように売れた。その度に紳士の黒い山高帽には、金貨と銀貨が投げ込まれ、そのまばゆい光で男のみすぼらしい家の古ぼけた天井は、夏の午後の日差しを受けて照り返る川面の幾千万の光のように白く輝いて見えた。
 そんな毎日が1週間ほど続き、遂に男の絵は1枚残らず売れ果てた。その間、男は家の上座に人形のように座ったきり、一歩も外に出ることが出来なかった。
 勿論、毎日通ったあの桜の木の下にも行かなかったし、あの美しい少女とも会っていなかった。
 やがて、全ての絵を売りつくした紳士は言った。
「もう完売だ!もう絵はない。随分と高く売れたよ。君も嬉しいだろう?商売は貧乏人を相手にしてもしょうがない。みすぼらしい老人から、金の無い少女まで君の絵を欲しがったが、何とか金持ち連中に売りさばくことが出来たよ。明日の朝には精算といこうじゃないか。金貨を詰め込んだ袋を持って明日の朝にここに来るよ」
 そう言って、紳士はそそくさと部屋を出て行った。
 翌朝、紳士は現れなかった。翌日も、そのまた翌日も、あの紳士は現れなかった。
 そして、あれだけこぞって絵を買い求めた人々も、今は誰一人として、男を訪ねては来なかった。桜の花が散ってしまった後の桜の木のように、もう誰も男を見向きもしなかった。
 ひとりきりで、男はベッドに腰を下ろして、嵐のように過ぎ去った一瞬の栄光と、儚い夢の欠片を思っていた。
 そして、大きくため息をついて、窓の外を見つめた。
 思えば、あれから桜の木の下には行っていなかった。あの春の日にあれほど愛しく思ったあの少女にも会っていない自分に気付いて、男は我に返った。
 男は涙の溢れるのを感じながら、村はずれの桜の木の下へ駆け出した。
 長い道の先には陽炎が揺らめいて、更にその先の桜の木は、涙が流れ落ちる前のまぶたの奥の様に、ぼやけて見えた。
 やがて男は桜の木の下に立って、枝の先に少女を探した。
 しかし少女は何処にもいなかった。
 夕日が山の向こうへ落ちて燃え尽きるまで、男はそこに佇んでいた。しかし、少女は姿を見せなかった。
 今や、あの軽やかな鈴の音は遠い昔の恋のささやきの様に、過去という名の鼓膜の中の思い出にしか過ぎなかった。
 全ての絵と恋を失い、思い出さえも蜃気楼のように消え去ろうとする夏の落日の様に、男の夏は無駄に過ぎようとしていた。
 そんな夏の終わりの朝、男は自分の玄関のドアを叩く音を聞いた。男はゆっくりと立ち上がり玄関を開けた。
 そこにはひとりの少女が立っていた。
「何か用ですか」
 男は少女の顔をぼんやりと見つめながら言った。
「絵を売って欲しいんです」
 男は優しく答えた。
「せっかくだが絵はもう一枚も無いんだ。それどころか絵の具を買うお金も尽きてしまってね」
 少女は明るい笑顔で言った。
「それなら私を描いてください」
 男は少し戸惑いながら答えた。
「いいけど、描くものがあるかな・・・」
 男は部屋の中を見渡して、小指ほどに小さくなった木炭の欠片を拾い上げ、向き直ると少女に言った。
「外で描いてもいいかい?村のはずれに、お気に入りの桜の木がある。もう枝ばかりになってしまったが、そこで絵を描きたいんだ。これが最後になるかもしれないけど・・・」
 少女は小さく頷くと、優しい眼差しで男を見た。
 男と少女はあの桜の木のある一本道を何も話さずに歩いた。
 やがて桜の木の下まで来ると男は言った。
「ここだよ」
 少女は黙って桜の木の下に座った。
 男はあの春の日に過ごした少女の事を思い出していた。
 そして何か決心したように絵を描き始めた。
 丘を渡って吹いてくる風が少女の巻き毛を揺らすと、男の目から涙が溢れて落ちた。
 不思議なことに、白い画用紙に線を描く度、小さくなった木炭の端から桜の花の様な美しい色が生まれた。それはあの春の日に、少女がパレットの中で混ぜ合わせた桜色だった。
「私を探していたのね?」
 少女は笑顔で立ち上がると、男を見つめながらくるりと舞った。
チリリンと鈴の音が鳴り、夏の終わりの空に吸い込まれた。
 少女は男の手を取って笑った。
 それ以来、村の誰ひとりとして、この男の姿を見た者はいなかった。
 やがてまた春が来て桜の花の咲く頃になると、丘の向こうから、微かな鈴の音が聞えてくるだけだった。
 しかし、その音は村の誰の耳にも聞えることはなかった。~FIN~

花は咲き、花は散ります。しかし真実の愛は決して散ることはありません。
桜の花を見あげるたびに、この小さな恋の物語を思い出してください。