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関西空港から広州を経由してカンボジアのシェムリアップに到着したのは夕方だった。シェムリアップという地名はあまり聞き覚えがないかも知れないが、アンコールワットのある街と言えば分かるだろうか。この時期のカンボジアは乾季で気温は30度前後、旅にはもってこいのベストシーズンである。早速、冬服からTシャツとサンダル姿になってお目当てのパブストリートに向かった。カンボジアの足はやはりトゥクトゥクというバイクタクシーだ。これはバイクの後ろに4人乗りの屋根付きソファーをくっつけたような乗り物で、簡単に何処にでも行ける。現在のシェムリアップは比較的安全で、事前に値段交渉をしておけば、乗車賃をぼったくられることも少ない。

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シェムリアップはとても賑やかな街で、パブストリートに隣接するようにマーケットが立ち並ぶ。歩道にせり出したソファーに座って酒を楽しんでる人たちは何故か欧米人が多い。ここは酒飲みには天国である。値段も安く、お気に入りのアンコールビールは2ドル程度、食事も豊富で何でもある。路上には地雷などで手足を失った人たちが演奏する楽団や店から流れる大音量の音楽が鳴り響き、まさに混沌の夜の街といった雰囲気を醸し出している。ちなみに、帰国して数百枚ある写真をチェックしてみたらパブストリートの写真が大半であった。これには今更ながら自分の飲んだくれ人生を思い知らされた。

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結局、初日は12時まで飲んだくれていた。時差を考えれば日本時間で深夜の2時まで飲んでいたことになる。しかしここは気合いを入れ直して早朝のアンコールワットに出かけた。これもトゥクトゥクである。この時つかまえた運転手はやたらと飛ばす人で、車や他のトゥクトゥクをごぼう抜きで走りハラハラさせられた。到着すると周囲は人だかりで凄かった。荘厳な雰囲気の中で朝日を鑑賞すると言うよりはイベント的な雰囲気である。

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旅行会社の営業ではないので遺跡の話しを書くのは控えようと思ったのだが、このベンメリア遺跡の話しは少し書いておきたい。ここはシェムリアップの街から1時間ほど車で走った郊外にある遺跡で、天空の城ラピュタのモデルとなった場所である。ベンメリアは廃墟のような所で、積み上げられた塔も壁も全て崩壊している。そして、それを破壊したのは木の根である。当時はかなり大きな塔などもあったそうなのだが、もうその面影はない。数百年の時をかけて木の根が人間の文明をまた自然へと戻しているのだ。この場所に立っていると、人間の行いの儚さを感じずにはいられない。その反対に自然に回帰せよと語っているガジュマルの木の声が聞こえてきそうだった。地位や名誉や便利な生活もいつか自然に帰する時がやがて来るだろう。そんな予感が心に浮かんでは消えた。

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改めて書く必要もないのかも知れないのだが、カンボジアは一部の人たちを除いては総じて貧しいと言われている。遺跡にも街にも貧しい人たちが物乞いをする姿が見られる。この少年はここで毎日を過ごし、観光客が差し出すキャンディやお金を貰っている。しかし、大きなガジュマルの木に寄り添うように立っている少年と対峙したとき、僕は不思議な感覚になった。まるで木の聖霊のようである。その黒い瞳を見つめていると、豊かさという幻想の中で日々を傲慢に生きている自分の生き方や価値観を問われているような気がして思わず目を伏せた。「豊かさとは何だろう?」この少年は怠惰な詩人の旅に疑問符を投げかけた。これ以降、僕はこの旅でそのことを考え続けることになる。

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シェムリアップから車で20分ほど行くとトンレサップ湖という巨大な湖がある。この湖は乾季でさえ琵琶湖の3倍はある。そして雨季になれば広がって10倍になるという。淡水魚の種類も豊富で雷魚やらナマズがうじゃうじゃいるらしい。本来ならここで釣りを楽しみたかったのだが、釣り竿は何処にもないので残念ながら諦めた。湖とはいえ沖に出れば海のように波があり、風が強い日には危険なほどだという。思えば飛行機から見た広大な水の大地はここだったのだ。乗合船ではゆっくり見れないので専用の船をチャーターして沖に向かった。ここには水上生活をする人の家が建ち並び学校もある。果物や魚を運ぶ小舟が行き交い活気はあるのだがやはりここも貧しい。まあ、日本では想像も出来ないだろうが子どもだけで沖に出て行こうとしている舟もあった。本当にカンボジアの子どもたちは逞しい。日本では危険だからといって何でも取り上げられてしまいがちな子どもたちも、この地では自立した大人のように見える。

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水上にある休憩所に観光客が来ると、タライに乗った少年や子どもを乗せたおばさんが小舟でやって来る。みな口々に「ワンダラー!ワンダラー!」と叫んでいる。この小舟に乗っている子どもたちは何故か首からニシキヘビをぶら下げていた。聞けば、写真を撮ってお金を恵んでもらうのだという。思えば、カンボジアに来てから「ワンダラー」と言われる度にお金を渡したりしていたのでこのままではマズイと感じていたことも事実。手を差し出す子どもに詫びながら、痛い心で僕はトンレサップを後にした。物乞いの子どもにお金を渡すと、学校に行かずにそのまま物乞いになってしまうからあげない方がいい。と、言う人もいるが僕はそんなに難しく考えない。この国でみんなが働いて豊かな生活を送る為の基盤づくりはまだ先の事のように思えるからだ。ましてや施しをしているつもりもない。街中には地雷で手足を失った子どもや身体が不自由な子どもも沢山いたが、国からの援助や社会保障などは一切無いらしい。誰もが必死に自力で生きていかねばならないのがこの国のルールである。

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アンコールワットの遺跡の壮大さはブログで紹介しきれないので割愛するが、とにかく別世界であった。アンコール遺跡群はこの地域に密集しており、バイヨン寺院やタ・プロム遺跡、バプーオンやらプノン・バケンなど主要な遺跡を見て回った。まあ、アンコールワットは世界有数の観光地とあって人の数はもの凄い。昼食時間を早めて観光したのでアンコールワットはガラガラだったが、よそはそうはいかなかった。欧米人もかなり多いが、やはり最近マナーの悪さで評判のあのお国の方達も凄い集団でやってきていた。あまり悪口を書きたくないのだが、事実なのでしょうがない。例えばこんな感じだ・・・。写真を撮影しようとカメラを構えれば平気でその前に立ちはだかる!景色を眺めていれば押しのけて割り込んでくる!遺跡ではスマホ?から大音量で音楽を流して騒いでいる!とにかく、何処であろうが大声で会話しながらまくし立てる!想像以上のマナーの悪さに辟易してしまった。ちなみに、帰りの飛行機では僕のエアーコントロールに後ろから手を伸ばして勝手にスイッチオフ!僕の座っている頭上のシート部分に肘をついて我が物顔で幅をきかせていたのもそのお国の方達だった。あまりに酷いので、振り返ってその肘を3度はたいてやった。今にも怒鳴り始めそうな顔つきで彼は僕を睨んだが、強面の詩人に警戒したのか大人しくなってしまった。

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カンボジアの言葉も英語も苦手な僕はプライベートガイドを頼んだ。来たのはSEDAセダさんという女性のガイドさんでとても気さくで親切だった。セダさんは上手とは言えない日本語で僕の訳の分からない質問にも丁寧に答えてくれた。そのお礼に彼女には新しい日本語を教えてあげた。「ウザイ」とか、「図々しい」とか、「最悪」とか・・・。あまり良い言葉ではないが彼女は新しい言葉に出会えたことに喜んで、興味深げにメモを取っていた・・・スミマセン・・・。

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中でも僕が彼女に尋ねたのはポルポト政権時代のことだ。1975年から1979年まで続いたカンボジア最悪の独裁的な支配者がポルポトである。一説によれば彼が虐殺したカンボジア人は300万人とも言われている。国民は全員黒い服を着せられて奴隷並みの扱いを受けたという。例えば眼鏡をかけた人は頭が良さそうなので殺したし、赤ちゃんが泣けばその場で銃殺した。何かで失敗したり気に入らなければバナナの鋭い葉っぱで首を切って殺した。何とも想像しがたい現実をカンボジアの人たちは体験してきたし、それ以前も植民地やら何やらで悲惨な生活を強いられてきたのだ。シェムリアップの寺院では、当時亡くなられた方達の頭蓋骨の一部が納められた納骨堂が密かにその悲惨な過去の現実を今に伝えていた。

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僕はシェムリアップに来てから連日パブストリートで深夜まで飲み続けた。とある夜、乳飲み子を抱えた女が声をかけてきた。何を言っているのかは分からなかったが、ほ乳瓶を僕に見せて話しているところから察するとミルク切れらしい。僕が彼女の後を付いて歩いていくとそこはコンビニ。彼女は粉ミルクの缶を手にして買ってくれと言う。値段を見ると22ドル。僕は首を横に振って後味の悪さを抱えながら店を出た。アジアの国を旅しているといつも思うことがある。それはそこに生きる人々の熱気である。日本人が醒めているとは言わないが、ここには独特のパッションを感じるのだ。トゥクトゥクの運転手も露天の売り子も凄いセールス合戦であり、日々を生きることにみんな必死である。観光客はこのようなうるさいセールスを嫌うのだろうが僕はそうは思わない。それよりもその逞しさを尊敬している。僕が忘れてしまったものを彼らは持っているのだ。便利で豊かな生活の中で皮肉にも沢山の悩みを抱えて生きている現代人と、貧しいけど活き活きとしている彼ら。貧しさとは何だろう?そして豊かさとは何だろう?シェムリアップは雑踏とむせ返るような熱気、そして貧しい人々が織りなす情熱と混沌の街だ。彼らに悩んでいる暇はない。僕はこの短い旅の締めくくりに彼らに敬意を込めてこう捧げたい「生きることが仕事」それだけで充分。そのことを学んだと感謝したい。根無し草のように浮遊している詩人などと比較にならないほど彼らはきっと生きることの意味を知っているに違いない。

~GOOD BEY SIEM REAP~

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