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関西国際空港からベトナム航空でふらりとサイゴンに向かった。
サイゴンのタンソンニャット国際空港に到着したのは午後2:30分。
サイゴンという呼び名は昔のことで今はホーチミン市なのだが、
ホーチミン市という呼び名は僕にはなんかしっくり来ないので以降はサイゴンと呼ぶことにする。
空港を出ると凄まじい湿度だった。
冬の日本で震えていた5時間前とは180度違うのでいきなり半袖にサンダル履きとなる。
自由な旅なのだが短期のパック旅行の方が格安で行けるので、
現地の係員の兄ちゃんが迎えに来てくれていた。
やけに日本語の達者な兄ちゃんで、日本のことも日本人よりも詳しい。
日本にも何度か来たことがあるらしく、ケン・ワタナベのファンだそうだ。
「昔、ケン・ワタナベと1週間ばかり演劇を楽しんだことがあるよ」と僕が言うと、
彼は感激して、「アナタモ、ケン・ワタナベニ・ニテイマスネ」などとお世辞をいう語学力もある。
まあ、まんざら嬉しくないない訳でもないので、「そうかなあ~!」などと気分を良くして旅が始まった。
よく見ると彼のTシャツには「侍」と書いてあってそれがまた滑稽だった。
そう言えば、空港に降り立つ前に飛行機の中からふたつの河が見えた。
サイゴン河とその支流の河である。
サイゴン河はコーヒー牛乳色で、その支流の川は黒色であった。
その後、その黒い川の横を車で通ったのだが、やはり黒い。
よく見ると俗に言うドブ川で、もの凄いゴミとヘドロのために真っ黒なのだと知った。

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サイゴンの第一印象はやはり河だ。
と言っても流れているのは水ではなくバイクである。
途切れることなく街中の大通りから路地裏まで凄まじいバイクの河である。
横断歩道で待っていたら渡るのに何年もかかりそうな位の交通量。
ここを渡るにはコツがいる。
まず、急に飛び出してはいけない。立ち止まってもいけない。そして歩くペースは同じで!
すると勝手にバイクがよけてくれる。
無視しながら、恐ろしさをかみ殺して渡るのである。

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ちなみにここサイゴンは、かなり危険な街でもある。
スリやひったくりは日常茶飯事で、グループを組んで狙ってくる。
夜は特に危険が増すのだが、そんなことは無視して市内最大級のベンタイン市場へ向かった。
体育館を何戸も合わせたように広い市場には人が溢れている。
活気がみなぎる通路は1メートルの幅もない。
屋台から雑貨屋まで何でもあるが、客引きと売り込みが鬼である。
「オニイサン・ナニホシイデスカ?」と日本語で話しかけられ手を引っ張られ、
「ヤスイ・ヤスイ」と、訳の分からない商品の説明をまくし立てる。
「バッグ・アブナイ・スリ・オオイ」などとも言われたりする。
1時間も歩いているとめまいがして外で煙草を吸うのだが、
外ではまた別の物売りが手ぐすね引いて待ちかまえている。
3人、4人に取り囲まれると恐怖さえ感じる、それにひったくりやスリに注意せねばならない。
最終的にまったく必要のないサングラスやら扇子やらを気が付けば買わされていた。
疲れ果てて屋台でビールを飲んでいるとまた取り囲まれてしまう。
かわいい男の子がガムとティッシュを買って欲しくて膝にしがみついてダダをこねる。
そして、またそれも買ってしまう。
傍らでは腕やら足やらのない退役軍人が物乞いに寄ってくる。
彼らにも小遣いを巻き上げられ前途多難な旅の始まりとなった。
とは言え、ここは天国である。なぜなら物価が非常に安い。
屋台でフォーというベトナムラーメンを食っても20円か30円。
ビールは1本70円ぐらいなのだ。
この日ベンタイン市場で最も驚愕したのは、ゴミ袋にすっぽりと入れられている子どもだった。
ベビーカーではなく、子どもをゴミ袋に入れて片手に吊り下げて歩いていたオヤジ・・・。
この日は、深夜までに何本ビールを飲んだかは定かではないが、襲われることもなく安ホテルに戻った。

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翌日はプライベートでガイドを雇いメコンデルタに向かう。
メコン河はサイゴンから車で1時間30分のミトーという街からクルーズ船が出ているらしいのだ。
怪しいジャングルを抜け、犬に襲われそうになりながらようやく手こぎ船で迷路のような川を進む。
途中からはエンジン船でいよいよ本流のメコン河に出る。
メコン河はタイ・カンボジア・ベトナムを横断して海に注ぐ大河である。
ベトナム戦争の頃は水上戦が行われたと聞いている。
やはりここもコーヒー牛乳のような色をしている。
岸までは2キロ以上あり、4つの島を巡りながら海のような河を漂う。
思えば昨日までコタツで妄想していたメコン河を今日は目の当たりにしている。
冬から夏へ、そしてコタツから船上へ。
僕は心の底から鳴り響く自分の鼓動を感じながら異国の河の上を彷徨った。
そして夜はやはり飲んだくれてしまった。

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僕はまたサイゴンの街中を探検する。
路地の角では片足のないおばあちゃんと、おばさんが猛烈な勢いで喧嘩していた。
やがて彼らは警官に連れて行かれてしまったのだが、
おばさんは徒歩で連行、おばあちゃんはバイクに乗せられて連行されていった。
見知らぬ男が僕に英語で事情を説明してくれたが、早口でまくし立てられ意味が分からない。
まあ、ゆっくり話されても結局は分からないだろうがね。
聞き取れたのは、おつりのトラブルのようだということと、誰かがオバマに袖の下を貰っているとか?

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今日はサイゴンに来た目的のひとつである戦争記念館に向かう。
ロバートキャパや沢田教一の写真を彼らが命を閉じたベトナムで観たかったのだ。
しかし、あまりに壮絶すぎてこの記念館のことを書く気にはなれない。
痛ましい戦争の写真と饒舌なる静物に言葉を失ってしまったからだ。
写真とはいえ、僕の想像は一気にリアルさを増しながら、泥の中に沈んでいく自分を感じていた。

戦争記念館を後にしてサイゴン大教会へ向かう途中で、
遂に怪しいひったくりの兄ちゃん二人組と遭遇してしまった。
彼らは2台のバイクで歩道を挟み込むような形で獲物を狙っている。
僕は彼らの間を通り抜ける瞬間、何か危険な雰囲気を察知していたが、
そのまま彼らの間を無視して通り過ぎた。
10メートルほどしてエンジンの始動する音が聞こえ、2台が猛烈な勢いで後ろから迫ってくる。
僕が素早く後ろを振り返り戦闘態勢で身構えると二人組はニヤリと笑って両側を走り去った。
恐らくリュックが狙いだったのだろう。
サイゴンではこの手口のひったくりが多いという事前の情報が危険を回避させてくれた。
彼らは、誰彼構わずに襲撃してくる。
誰もが警戒する夜よりも、静かで穏やかな日中の方が観光客の気もゆるみがちだからであろう。

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やがてサイゴン大教会(聖マリア聖堂)に到着し、礼拝堂で祈りを捧げる。
荘厳さと静粛が支配する教会は異空間であった。
聖堂の前には大きなマリア像が建っているのだけど、そこに偶然白い鳩がやってきた。
マリア様の頭にちょこんととまった白い鳩、やがて黒っぽい鳩もやってきて2羽になった。
さっきまでのスコールが嘘のように止んで、雲の切れ間から青空が見える。
それはこのサイゴンという混沌の街に生きる人々への祝福のように思えた。

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僕はふと、ガイドが言った言葉を思い出していた。
「日本はまだまだ豊かです、世界で2番目のGDPです。ベトナムは残念ながら77位だ」と。
ここサイゴンから首都のハノイまで列車で36時間。
僕はベトナムという国の一面の顔しか知らないが、
サイゴンで感じたのは「貧しさの中にある豊かさ」だった。
生きる力と活気に満ちあふれた街サイゴン。
彼らは路上の屋台でビールをすすり、笑顔で笑い合っている。
誰もが貧しさの中で自立する力と身を寄せ合って生きる絆を知っている。
例え世界に名だたる先進国になろうとも笑顔を失った人間が住む街は貧しい。
悪戯に弱さに甘え身を寄せ合うよりも己の責任を果たし、
その対等で前向きな関係の中で人を愛することの強さを教えられたような気がした。
この街にはうつむいて歩いている人間はいない。
アメリカ軍がまき散らした枯れ葉剤で障害者になってしまった人たちも沢山いる。
街の至る所で、その負の遺産を見かけるが、
彼らはそれでも今日を生きるために必死で命を燃やしているように思えた。
豊かな日本という国が置き忘れたものは何なのだろうか。
サイゴンに来て僕は改めてそのことを考え直さなければならなくなった。
そしてアオザイを着た娘たちが、何故にそんなに美しいのかも。






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僕はサイゴンに着くと両替所を目指した。
この国の通貨はドンであるが、見たことも聞いたこともない単位だった。
100円で約20,000ドンに両替できるのだが、何しろ0が多すぎて訳が分からない。
ちなみにドルも使えるし、一部では円も使えるのだが、安く買い物をしようと思えば、
このドンが一番有効なのだ。
土産物屋に立ち寄ると200,000ドンなどと書いてある。
これを見ると何故だか買う気が失せてしまう。
よく計算すれば1000円程度のものなのだが、20万という響きに何故かビビってしまうのだ。
この0の多さには最後まで慣れなかった。
ユーロやドルやらバーツやらにはすぐに慣れたのだが、札を見ると0が何個あるか分からなくなる。

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サイゴンの物価にはおおよそ定価などというものはない。
すべてが言い値で決まってしまうから、同じものが半値などということは普通に起きてしまう。
それに市場で売られている商品には怪しい物も多く、盗品やら横流しの品もあるし、
警察も袖の下を貰わなければ何もしてくれない。
驚愕なのは有名ブランドのリュックが400円程度で買えてしまうこと。
どう見ても作りも良い感じで偽物には見えない。
恐らくこれは盗○か、横○しの品かも知れないので手を出すのをやめた。
また、市場や街中では日本語でよく話しかけられる。
「オニイサン・バイク・ノラナイ?」とか、「ナニホシイデスカ?」とか、
日本人と見るや、寝ている売り子までもが飛び起きて寄ってくる。
こんな状況を観ていると、ここでも日本人はよほど良いお客さんなのだろうと思った。
西洋人やアラブ系の観光客も多いのだが、そこまでしつこくされていない様子だった。
まあ、僕のような貧乏人もいることを彼らは知らないから、
日本人=お金持ちと思いこんでいるのだろう。

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夜の7時になるとベンタイン市場の横のストリートでは連日、ナイトマーケットが開かれる。
そのマーケットを待ちながら屋台でビールを飲んでいると突然大騒ぎが起こり、
凄まじい勢いでテーブルもイスも一斉に片付けられた。
唖然としながらビールを片手に立ちすくんでいると、兵士を大勢乗せた軍のトラックが路上に現れた。
僕がおっちゃんに「POLICE?」と聞くと、おっちゃんは大笑いしながら頷いていた。
よく分からないが軍の夜回りだろうか?そんなハプニングが終わると、
まるで祭りの山車でも引くように凄い数のテントが移動を開始しながら一斉に路上へ出てくる。
ナイトマーケットが今まさに始まろうとしていた。
その熱気と、たくましく生きる彼らの日常を僕は黙って眺めていた。

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その帰り道で、盲目の老人がひとりで歩道を歩いているのを見かけた。
普通の人間でも命を落としそうなバイクの群れの中を渡り、
ガタガタの不親切な歩道に杖をあてがい歩いていた。
サイゴンの歩道は日本のような環境ではなく、大量のバイクと屋台の人群れで溢れているし、
歩道でもお構いなしにバイクが通行している。
老人が行き場を失うと、近くの人が手を引いて助けてあげていた。
無法地帯に見えるこの街にも人を思いやる心があることに嬉しくなった。
老人は片手に数本のペンを握り、片手に杖を持っている。
そう、この老人はペンを買ってくれる人を求めてこんな危険な街を彷徨っているのだ。
僕は振り返って老人の手に僅かばかりの紙幣を握らせてその場を去った。

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路上では更に増え出したバイクの群れが切れ間なく続いている。
ちなみに、ベトナムではバイクを「HONDA」と呼ぶ。
何処のメーカーだろうが、HONDAと言えばそのままバイクを指すのだ。
統計によれば毎日約30人ほどが事故で亡くなるらしい。
ひき逃げも当て逃げも日常茶飯事だし、何しろ50CCなら免許もいらない。
事故になっても保険もないし、保証もないし、警察も動かない。
もし観光客がサイゴンでバイクに轢かれたら、轢かれ損であるばかりではなく、
外国で病院に行って治療することも、痛みをこらえることもすべて自己責任になってしまう。
時には治療費が数千万円ということもあるらしいから自前で旅行保険は絶対に掛けなければならない。
まあ、気軽にショッピングなどを楽しみたい人にはベトナムはお勧めできない。
ここには常に危険が隣り合わせている。
自分の気持ちを戦闘モードに切り替えなければたちまち被害者になってしまうだろう。

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もし読者の方がサイゴンに行く場合に注意して欲しいのが食である。
まず、水は飲めないのでミネラルウォーターが必需品だし、氷入りの飲み物も避けるべきだ。
無事に旅を続けたければ屋台の料理は食べない方が無難だろう。
僕は自分でも屋台の下を確認したのだが、汚れたバケツの水で食器を洗っているし、
その水そのものがしこたま汚染されているのは事実であった。
ちなみに、サイゴンハウスという料理屋はブッシュ大統領も訪れたレストランだが、
二人でビールを飲んで色々食べても日本円で2000円程度とい物価の安さだから、
そのようなレストランでベトナム料理やフランス料理を食うのが安全だろう。
ベトナムの屋台の衛生状態は劣悪で、バンコクや台湾の屋台などはまだ良い方だろうな。
サイゴンの人と日本の人では、全然お腹の耐性が違うから気をつけなければすぐに下痢・・・となるだろう。
ちなみにここでは朝飯を家で食べる習慣がないらしく、みんな外で食べている。
歩道にプラスチックのイスを並べて何やら怪しい食事とコーヒーを飲んでいるのだ。
どのようなシステムなのかは知らないが、至る所でそんな光景が見られる。

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まあ、ここでは隣近所の人との付き合いが希薄になるというようなこととは無縁だろう。
しかし日本はどうだろうか?
親切とか、思いやりとかもお金で買う時代に来てはいないだろうか。
人との関わりの希薄さや精神の貧困が、新しいビジネスを生んでいるように思えるのは僕だけだろうか。
心が為すべき仕事を、業者が代わりにやってくれるようなシステムは「心の貧困」の表れではないか。
裕福になる度に日本人は何を犠牲にしてきたのだろう。
日本人は経済成長という豊かさ以前に、優しさや思いやりという豊かな心を持っている国民だ。
世界一の技術よりも誇れるものを僕たちは持っているはずだ。
サイゴンの片隅で、僕はその当事者である自分にそのことを問い直さねばならないと思った。
まあ、そんな壮大なことよりも、飲んだくれの自分を正すべきかな?


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サイゴンから車で1時間半ほど高速道路やら、
ドロドロ、ガタガタのチョコレートのような道を走りミトーという街に着いた。
ここがメコンデルタである。
ジャングルを抜けてしばらく歩くと手こぎボートの乗り場があった。
そこから曲がりくねった川を進むのだが、ワニでも出てきそうな雰囲気だった。
途中の陸に上陸し、一休みするのだがそこはココナッツキャンディー工場だった。
そこら彼処に甘い香りが立ちこめる中、現地の人たちがせっせとキャンディーを作っている。
工場と言っても単なる葉っぱで葺いた屋根の下で作業をしているだけだ。
ここにはキャンディーばかりではなく、様々な食べ物が置いてある。
その中でも酒飲みが目を付けたのがココナッツの焼酎。
ほんのり甘く香ばしいリキュールのような味でなかなかいけるので購入した。
もちろんキャンディーも買ったのだが、恐らく部屋の隅で埃をかぶることになるだろう。

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休憩が終わり、リュックが多少重くなったところでまたジャングルを歩く。
ふと、どこからともなく賑やかな音楽と歓声が聞こえてきたので行ってみると結婚式だった。
なんと、このジャングルの中に点在する集落の中で結婚式に出会うとは。
まあ、何の関わりもない僕なのだがそれに混じって写真を撮らせてもらった。
カップルは少し気恥ずかしげにポーズをとりながら幸せそうに寄り添っている。
ジャングルの中の至福の時間が穏やかに流れ、辺りを和やかにしている。
その後、やけに愛想のいい兄ちゃんが現れて、帰り際には満面の笑みで見送ってくれた。
その顔を眺めていると昔どこかで会ったような懐かしい気持ちになって気分が良かった。

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さて、いよいよメインのメコン河の本流にエンジン船で向かう。
屋根をかけたオンボロ船のエンジンが心地よく鳴り響き頬に風を感じる。
やはり河の水はコーヒー牛乳色をしている。
ここはデルタなので河口に近いためか潮の香りがする。
幼い頃から港町で育った僕の鼻はこの安らぎにも似た香りにすぐに反応するのだ。
遙向こうの川岸には無数の漁船が列んでいるし、
河のあちらこちらにはトタン屋根の家が浮かんでいる。
聞けばそれは魚の養殖場で、日本向けに海老も養殖されているらしい。
思えば、スーパーで買っている海老にもベトナム産と書いてあったと記憶しているから、
もしかしたらこのメコン河の水で育った海老に僕もお世話になっているのかも知れない。

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余談になるが、サイゴンで見知らぬ男に声をかけられた女性が、このメコン川クルーズに誘われ、
河の真ん中でエンジンを切られてお金を脅し取られるという事件もあったらしい。
本当に外国では何が起こるか分からない。
まあ、見知らぬ男に着いていけば、サイゴンでなく日本でも危険なのだが・・・。
どうやら日本人の他人任せで危機感のない日常を他国に持ち込んでしまった本人の責任もあるだろうな。
その他にも賭博で騙されたり、睡眠薬強盗なんてのもあるらしいから油断も隙もない。
河の真ん中でエンジンを切られて・・・考えただけで恐ろしくないか?

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このメコンデルタには4つの島がある。
ガイドが説明してくれたが、不覚にもまるで覚えていない。
この辺りではベトナム戦争の時に水上戦があったと聞いてはいるが、
一見したところ、その当時の風景と現在の風景はさほど変わっていないのではないかと思える。
大きく変わったのは日本の業者が建設したという新しくて巨大な橋が架かっていることだろう。
この巨大な橋の他にこの河を渡る手段は渡し船のみ。
昔は僕の田舎にも渡し船があったのを思い出す。
思えば、そんな小さなふれあいの中から多くのことを子ども時代に学んだ気がする。
メコン河から渡し船が消える頃、この国はどのような変化を遂げるのだろうか。
メコン河の懐を漂いながら、何故だか故郷のことを思い出していた。
ここには日本ではもう見ることの出来ない懐かしい風景がある。
小さな幸せを発見することの素晴らしさを改めて考えさせられた。
そして今日という日は誰かにとっての記念日であることを知った。


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安ホテルから戦争記念館へ向かう通り道にイスラム教のモスクがあった。
中はガランとして誰もいない様子だった。
こんな所へ入ってもいいのかは分からなかったが、とにかく階段を上り礼拝堂へ。
すると入り口に初老の男と老婆が美しいタイル張りの廊下に座っているのが見えた。
目があったので挨拶をすると初老の男は涼しい目元で微笑んで頷き、
老婆も物珍しそうに僕を見つめていた。
はてさて、本当にこの場所には来ても良かったのだろうか?
他には地元の人も、観光客もいない。
初老の男は何やら経文の書いてある紙を僕に渡してくれたのだが、読めるはずもない。
ただ頷いて微笑みを交わすことしかできなかった。
すぐにその場を立ち去るわけにも行かず、僕も彼らと同じように廊下に座り込んで、
しばらくは静粛な時間に浸ったいた。
門の外の道路には、相変わらずの雑踏と溢れんばかりのバイクが通り過ぎていく、
しかし、ここは何処か世間と切り離された空間のような異彩を放っていた。

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戦争記念館のことはあまり書きたくないと書いたのだが、
実を言えば何をどのように説明していいか分からないのである。
もし読者の中に興味のある方がいれば、自分の目で確かめてみるのが一番いいと思うからだし、
何枚かは写真を撮ってきたのだが、公開するにはあまりにも無惨なのでやめておこうと思ったからだ。
そこで僕の好きな戦場カメラマンの沢田教一さんの写真を一枚だけ載せる。
故郷を遠く離れたサイゴンで命を落としてしまった彼の冥福を祈りつつ。

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さて最終目的地のサイゴン大教会に着いた。
ここは聖母マリア教会とも呼ばれている美しい教会だ。
しかも1日中観光客を受け入れているわけではなく、午前と午後にそれぞれ数時間程度。
正面には大きな十字架のキリストが高い天井に吸い込まれるように掲げられ、
その両脇にはマリア様や精霊達の像やイコンが小さな区切りのある祭壇に祀られていた。
薄暗い礼拝堂の祭壇には蝋燭の火が点され、熱心に祈りを捧げる人たちが見える。

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僕も礼拝堂にひざまずいて祈りを捧げた。
ちなみに、僕はキリスト教徒でも仏教徒でもはたまた他の門徒でもない。
しかし、キリストにも仏陀にも多大なる教えを受けたと感じている。
失礼な話しだが、僕は昔から彼らを信仰の対象として見てはいなかった。
簡単に言えば尊敬する友人として彼らの言葉や教えを受け止めていたのだ。
そのスタンスは何十年経っても変わらない。
では何故に祈るのか?誰に祈るのか?疑問が湧いてくる。
僕は祈るときお願い事をしないようにしている。
換言すれば感謝の祈りである。
人間は自分以外の他と切り離され独立して存在するものではない。
人も自然も万物はすべて関わり合いその関係性の中で存在しているのだと僕は思っている。
だから、自分以外のすべてのものが感謝の対象であり、
祈るに相応しい自分自身の母体のような気がするのだ。
とは言え、たまにはお願い事もする。
しかし、僕のお願い事は神仏に対する絶対的な依存を意味していない。
簡単に言えば自分自身の決意を表し、気を引き締めるための願い事もどきである。

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年末にサイゴンという街で僕が祈ったこと、それは自分自身への戒めを込めた祈りだった。
それは、一粒の麦として生きるための階段なのかも知れない。
無心にも無欲にもなれず、日々を酒と煙草と詩で怠慢な日々を過ごしている自分への戒め。
光の中で光を見失いそうな焦燥と、贅沢で幸せな生活の中で肥大する傲慢さ。
幸福というものは心の中の傲慢さという垢の下にいつもある。
そして旅がその垢を洗い流してくれる。
少しばかり綺麗になった心の垢の隙間から小さな幸福が見える。
僕は更新され、また明日という旅路に出掛ける。

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出会いながら別れ

別れながら出会う

旅をしながら故郷を思い

故郷にあって旅を思う

光の中で闇に閉ざされ

闇の中で光を見つける

しかし人生は

いつも大河を彷徨う小舟

小さな櫂を手に

自分だけの海を目指す

good bye saigon


~サイゴン漂流完~