母を新調する日

 誰かの家の縁側の大きな窓を父がノックすると、その女は家の中にもかかわらず余所行きの衣装で現れた。
 彼女はにこやかに微笑んで僕の名前を呼んでから明るく笑いかけて、僕にいくつかの質問をした。しかし僕はその質問を覚えていない。何か特別な質問ではなかったような気がする。学校の事や好きな食べ物の話だったかも知れない。
「この人誰?」僕は父の顔を見て言った。
「この人が新しいお母さんになったら、嫌かい?」父が静かに言った。
「いいよ」僕は直ぐに答えた。
「本当に、いいんだね?」父は何度も念を押すように言った。
「うん、いいよ」僕は別の答えを父もその彼女も望んでいないことを何となく気付いていた。
 その後、何かの儀式が済んだ後のように父と彼女は安堵の表情を浮かべていた。その儀式にどんな意味があるかなどと僕は考えなかった。ただ何故か早くこの場を立ち去りたい気分だった。それでも「新しいお母さん」という響きだけは耳の奥で何度も繰り返し聞こえていた。
 新しい洋服や新しい靴を新調するように、「古いお母さん」の役目は終わりその絆はゴミ箱に投げ捨てられた。その代わりに「新しいお母さん」が父という男によって新しく新調された。僕にとって今日起こった出来事はそれ以上でもそれ以下でもなかった。それは、父とその彼女の為の儀式であり、僕にとっての儀式ではなかった。
「もう帰っていいかな?」僕は遠慮気味にそういって父の手を離した。
「どこかへ遊びに行くのなら、行ってきなさい」父は笑顔だった。
 僕は二人の顔を見ないふりをしながら確かめた。二人は幸せそうだった。僕は元来た道を駆け出した。心の中で白い雲と黒い雲が入り交じって灰色になるような気分だった。しかし、僕は泣かなかった。
 母を新調した日、僕は本当の意味で家族を失った。






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屋上にいたおばちゃん

 週末になると僕は祖母と一緒によくデパートの屋上へ行った。デパートの屋上には汽車やパンダの乗り物があり、その奥の一角にはたこ焼き屋があった。その日は僕にとって幸せな日だった。どんなわがままも許されそうな気分のいい日だった。そこで遊んでいるといつも決まってあの「おばちゃん」が優しい笑顔をたたえて現れるのだった。
「こんにちは」おばちゃんがいつものように元気に話しかけてきた。
「こんにちは。おばちゃん。今日は何を買ってくれるの?」
「なんだろうね。それじゃあ、中に見に行きましょうか?」
「うん。おばあちゃんも一緒に、中に行っておもちゃを見ようよ」
 しかし、いつも祖母はどこか複雑な表情で、何か申し訳なさそうな目で微笑むのだった。その態度に僕は、「あまり高価なものをねだってはいけないのだ」と感じていた。その為、時にはおもちゃを我慢して、その代わりにたこ焼きや乗り物をねだった。
 屋上のベンチでは祖母とおばちゃんの真ん中に僕はいつも座った。おばちゃんはたまにハンドバッグから新しい靴下や下着を出しては、僕に手渡した。しかし、ひとつだけ分からないことがあった。そんなふうに楽しく長い時間を過ごしたはずなのに、何故かおばちゃんは決まって別れ際にはハンカチを出して泣いているのだった。
「おばちゃん、なぜ泣くの?」隣で泣いているおばちゃんを僕は下から見あげてはそう言った。
「大丈夫、泣いてないわよ」とおばちゃんはいつも答えるだけだった。
 そんな週末がしばらくの間続いたある日の屋上で、いつものように祖母とおばちゃんと過ごしていたときのことだった。
「おばちゃんは、もう次からここには来られなくなったの」と、突然言いだした。
「なんで?また一緒に遊ぼうよ」僕はおばちゃんに言った。
「だから、今日は何でも好きなことをして遊んでいいのよ」
 幼い僕にとっておばちゃんは何でも買ってくれる優しい人だった。好きなことをして、何でもたべられて、何でも買ってくれるおばちゃんは特別な存在だった。おばちゃんが好きということではなく、「何でも買ってくれる」から好きだったのだろう。
 その証拠に僕はおばちゃんの顔を覚えていない。覚えているのは、うつむいて泣いているその姿だけだった。
 やがて街に夕暮れが近づいて、いつものようにおばちゃんと別れる時間がやってきた。祖母とおばちゃんは僕が動物の乗り物に夢中になっている間に、たこ焼き屋の横で随分と長い話をしていた。僕は今日がおばちゃんと会える最後の日だということもすっかり忘れて夢中で遊んでいた。
 そしてやがて別れの時間がきた。おばちゃんはしみじみと僕を懐に抱いて、「さようなら」といった。やはり、いつものようにおばちゃんは泣いているのだった。
「さようなら、おばちゃん」そう叫んで手を振ると、おばちゃんはハンカチで目頭を押さえながら手を振り、屋上の自動ドアの向こうへと消えていった。振り返ると祖母も泣いていた。
「おばちゃん行っちゃったね」寂しそうに僕は呟いた。
 沈みかけた夕日が見えるデパートの屋上で、祖母は静かに、しかもしっかりとした口調で僕に言い聞かせるように話した。
「あれは、おばちゃんじゃない。お前のお母さんだよ」
「お母さん?」
 僕にはその意味が分からなかった。僕にお母さんはいないのに、なぜ、おばちゃんがお母さんなのだろう。
 あれから長い年月が過ぎたが、デパートの屋上に立つと、いつも、あのおばちゃんの事を思い出す。自分の息子から「おばちゃん」と呼ばれた可哀相な母のことを。そして、幼い頃の自分の言った「おばちゃん」という言葉に詫びながら。






他人の住む家
 
 そうとは知らずデパートの屋上で会っていた母はいつしかどこかへ消え去り、とうとう継母が実家に来た。祖父母と父と僕の暮らしの中に、継母という存在が追加され5人で暮らし始めたのだった。
 しかし、その生活はあまりにも短く、記憶は空白に近い。すぐに妹が生まれ、そして弟が生まれた。3部屋しかいない家に7人の人間が暮らすことは無理だったのだろう。いつの間にか実家から出て行くことが決まっていた。その時、初めて別居という言葉を聞いた。祖父母と別れて暮らすことの寂しさと、何かよく分からない不安のようなものを感じたのを覚えている。
 祖母と継母は仲が悪かった。僕は台所でぼやく祖母の言葉の中に、去っていった母にも向けられたであろう悲しい言葉の数々を想像しては、大人の身勝手さに腹を立てたりもした。
 とうとう引っ越しの日が来て、借家に移り住むことになった。この殺伐とした家には僕の味方をしてくれる祖父母はいない。父と僕。そして継母と兄弟たち。心の中で僕はそんな境界線を感じていた。そしてまた、父と継母と兄弟たち。そしてオマケに僕。という現実の境界線を知ることになる。
 継母は祖父母から解放され、明らかにその振る舞いが変化した。膝を立てて座り薄暗い部屋でテレビを見ながらタバコを吹かす、そのふてぶてしい横顔に恐怖さえ感じたのも事実だった。そこに存在していた女はまさに他人であった。
 その当時、父は早朝から牛乳を配達してまわり、日中にはアイスクリームを商店のストッカーに納品する仕事に追われていた。帰りはいつも夜の9時頃だったと思う。そんなふうに父はいつも家にいる時間が少なく、自分がいない間に僕がどんな扱いを受けているのかを知ることもなかった。
 僕は父が帰ってくるとやっと落ち着くことが出来た。この家の居心地の悪さには耐えられなかったし、肉体的にも精神的にも居場所がなかった。
 小学校の帰りに神社で友達と遊び、5時を告げるお寺の鐘が鳴ると、夕暮れの川沿いを歩いて家に帰った。しかし、玄関には堅く鍵がかけられている。玄関のガラスをたたきながら、「中に入れて」と叫んだ。家の中からは「もう5時過ぎだ。中には入れない」と、返事が返ってくる。しばらくの間、ガラスをたたき続けてみても、返事は帰ってこない。冬の夕暮れの寒さをこらえながら玄関の前に座り、いつか許されるその時を待った。部屋のカーテンの隙間から継母と兄弟達が食事をする光景を眺めながら、ひもじさに震えていた。そして夜になり長い時間が過ぎた頃に玄関が開く。「さっさと中に入れ」と面倒くさそうに継母が僕に言う。部屋の中に入って時計を見ると9時。そんなことが数日おきに続いた。門限を守り部屋で過ごしていても、ほかの理由で外に出されることもあった。静まりかえった通りに家々の明かりが揺れている。そんな普通の暮らしを羨んでは星空を見上げていた。
 ある日、いつもと同じように外に締め出されているところに父が帰ってきた。父は「こんなところで何をしている?」と、不思議そうに僕に尋ねると玄関を開けようとした。継母が慌てて鍵を開けると、父は大声で「お前は子供に何をしているんだ」と怒鳴り散らして継母を平手打ちした。しかし、もうそんなことはどうでもよかった。父のその怒りによっても、この生活を変えることは出来ないと僕は感じていたから。
 翌日から僕は小学校が終わると祖父母の家に向かい、毎日のようにそこで寝泊まりした。たまに家に戻っても、着替えを取りに帰るだけで、また同じように実家へ向かった。僕のその行動を見ても継母は何も言わなかった。
 ある日、いつものように小学校から実家に帰宅すると、めずらしく父が来ていた。
「お前、本当におばあちゃんの家で暮らすのか?」と、父が聞いた。
「うん」僕は即座に答えた。そして、ランドセルを床においていつものように神社へ走っていった。
その後の大人同士の話し合いの内容がどのようなもので、どんな約束が交わされたのかは知らないが、それ以来、僕は祖父母の家で暮らすこととなった。
 ひとり取り残されたような気分にはなったが、もう継母のいる家には戻りたくなかった。あの他人の住む家は、家族ごっこをする場所でしかなかったからだ。
 それ以来、賽の河原で石を積むような生活が始まった。





悲しい誕生日

 父と継母、そして兄弟たちと別れて暮らして以来、初めての誕生日を迎えた日のことだ。その日の朝、父が甘いバタークリームのケーキを持参して実家に現れた。
「仕事だから、夜にまた来る」
父はケーキを僕に手渡して、そそくさと出て行った。自分の息子の誕生日を忘れていないことだけが、親子としての唯一の接点のように思えたが、それは嬉しい朝だった。
 継母もその日、めずらしく実家を訪れた。普段より少し高い声で余所行きの会話をしては、祖母の前で笑っていた。その後はデパートに買い物に行って何かしらのプレゼントを買い与えるという段取りだった。
 僕は継母の後ろを歩きながら駅前のデパートへと向かい、赤と白の縦縞のズボンを買ってもらった。しかしそれは誕生日のプレゼントを選ぶという楽しさよりも、目的のはっきりしない儀式的なものだった。
 実家に帰ると継母はまた祖母に愛想笑いをしながら、買ったばかりのプレゼントを披露した。祖母も笑顔でそれを喜んで、「新しいズボンを買ってもらって良かったね」と言って、継母にお礼を言った。それはとても不思議な光景だった。お互いに相容れない性格の二人がこの瞬間だけは家族を演じている。僕はその光景に違和感を覚えながらも、内心では誕生日を嬉しく思っていた。
 継母が帰ると祖母はそそくさと支度をして言った。
「今からデパートへ行くから支度をしなさい」
「さっき行ったじゃない」と僕が答える。しかし、祖母はやはりデパートへ行くのだと言う。仕方がないので着替えをすましてデパートへ向かった。寒々しい冬の夕暮れの雪道を歩きながら、祖母もきっと何かを買ってくれるのだろうなどと想像していた。デパートに着くと祖母は意外な提案を僕にした。
「どのズボンがいいか選んでいなさい。私は少し用事があるから」と、言ったきりどこかへ行ってしまった。ズボンを選ぶのは今日が2度目だった。なぜズボンを選ばなければならないのか不思議に思って、しばらくそこでぼんやりしていると祖母が帰ってきた。
「何がいいか選んだかい?」祖母は尋ねた。
「ズボンはさっき買ったからもういらないよ。違う物がいいんだけどな」僕がそう言うと、祖母は苛立たしそうに言った。
「あのズボンはもう無い」
「無いってどういうこと?」
「あのズボンは返品したんだ。だからもう無い」
「何で返品したの?買ってもらったズボンだよ」祖母はきっぱりとした厳しい口調で答えた。
「あんな女から何も買ってもらうんじゃない」
 僕は言葉を失ってしばらく黙っていた。僕はもうズボンなど欲しくはなかった。いや、何も欲しくなかった。
 デパートを出ると日はすっかり暮れ、街灯の明かりに照らされた雪が静かに降っていた。そしてそれは、僕の心の中にも降り積もった。さっきまでの祖母と継母の会話は何だったのだろうか。その答えを考えるには僕はあまりにも幼すぎた。ただ、祖母と僕の雪を踏みしめる足音だけが通りに響いていた。
 その日の夜遅く、仕事帰りの父が実家に立ち寄った。父は大きな紙包みを取り出して僕に手渡した。その中身はSLの蒸気機関車のおもちゃだった。電池を入れると汽笛を鳴らしながら走るその姿に僕は喜んだ。父と祖母はたわいのない話をしながら僕が夢中で遊ぶ姿を眺めていた。不意に祖母が言った。
「さあ、もう遅いから寝なさい」
「うん。それじゃあまた朝になったら機関車で遊んでいい?」
「ああいいよ。だからもう寝なさい」
 僕は遊んでいた機関車を箱に入れて、茶の間の片隅に片づけると部屋に入って眠った。
 翌朝、僕はいつもより早起きをした。学校へ行く前に機関車で遊ぶためだ。しかし、昨日それを片づけたはずの茶の間の片隅には機関車の箱はなかった。
「おばあちゃん?昨日の蒸気機関車は何処に片付けたの?」僕が大声でそう叫ぶと祖母は不機嫌そうにそれを無視した。
「ねえ。蒸気機関車は何処?」更に尋ねると祖母はテレビを見ながら呟いた。
「もう無い」
「捨てたの?」もう、祖母は何も答えなかった。
 僕は、実家の横にある倉庫のゴミ箱へ向かった。しかし、そこにも機関車はなかった。僕は泣きながら祖母に再び尋ねた。
「おばあちゃん。機関車はどこ?なんで捨てたの!」祖母が今度は大声で怒鳴った。
「あんな親に買ってもらったおもちゃで遊ぶな」
 それ以来、僕はクリスマスのケーキを拒否し、誕生日のケーキを拒否し、プレゼントを拒否した。そしてそれ以降、僕の誕生日を祝う人は誰もいなくなった。それでも僕はクリスマスの夜には密かに枕元に靴下を置いて寝た。いつか、本物のサンタクロースが来てプレゼントをくれるのではないかと思っていたからだ。しかし、朝にはその夢も壊れた。
 そして、誕生日がくる度に、返品されたズボンと捨てられた機関車を今でも思いだす。





落ちこぼれの誕生

 小学校という場所は何かの製造ラインに似ている。デコボコした道路は平らなアスファルトのようにローラーでならされる。
 自分という存在が教師にとってどのように映っていたのかは知りようもないが、田舎の学校がスムーズに日常を送るためには、ある意味で犠牲者が必要なのかもしれない。
「職員室に来なさい」
「なんで?」
「ちょっと聞きたいことがある」そんなおきまりの台詞を何度聞いたことだろう。
職員室から薄暗い部屋に通されると、教師は数名に増え尋問が始まる。
「靴を隠したのはお前だな?」
「隠してません」
「怒らないから正直に言いなさい」
「隠してません」そんなやりとりに途方もない時間を費やしての犯人捜しがはじまり、下駄箱置き場に連行される。
「何処にあるんだ」
「分かりません」
「正直に言いなさい」
「下駄箱の裏に落ちているんじゃないの」
 何気なく口にしたその言葉に反応して、教師たちは重い下駄箱を移動し始めた。すると、なんとその場所には靴が落ちていた。壁との隙間から裏側へと落下したのだろうか。そして、その偶然が証拠になり、犯人はやはり僕という結果になった。 
 数週間すると今度は保健室の前の肝油が盗まれたと、教師は僕ともう一人の生徒を職員室に呼び出した。
「肝油を盗んだのはどっちだ」と教師は尋問する。
「やってません」僕が答える。
「僕もやってません」もう一人が答える。
教師は自信たっぷりな口調で話し始める。
「どちらかに決まっている。正直に言いなさい」
「やってません」僕が答える。
「僕もやってません」もう一人が答える。
その時、担任の女の教師が僕を見下ろして静かに言った。
「こいつだけは信じられん」
 ガラガラと心の中で何かが崩れてゆくのを感じながら、僕は何も答えないまま犯人にされた。
 その後、教師たちは僕を追放するためにあらゆる手段を講じた。時には祖母を学校に呼び出して、「将来、犯罪者になる」とさえ言った。祖母は学校から帰ってくると、激怒して僕の首を絞めて「お前を殺して、私も死ぬ」と泣いた。
 無実の罪であることを証明するのは難しい。そして、残念ながら社会には犠牲者が必要なのだということを初めて思い知らされた日だった。
 ある日、今度は授業中に保健室に呼び出された。白衣を着たおっさんと助手の女が「席に座りなさい」と微笑んだ。席に座るとおっさんは、僕にいくつかの質問をした。
「線路の上に石が置いてあります。あなたならどうしますか?」
「石をどけるか、誰かに知らせます」
「それは何故ですか?」
「汽車が脱線するからです」
そんな質問が何度となく繰り返されて、次はシミのついた本を見せられる。
「これは何に見えますか?」
「これはシミです」
「何かに見えませんか?」
「何かに見えないと駄目ですか?」
「何に見えますか?」
「蝶に見えます」
 おっさんは、何枚もシミを見せては「何に見えますか?」と、質問を繰り返した。
 教師はその後、僕と差し向かえに座り神妙な面持ちで言った。
「あなたのような人は、行く学校が違うのです。検査の結果によっては、別の学校へ行ってもらいます」
 しかし、その言葉がどういう意味を持っているのか僕にはよく分からなかった。
 結果的に、僕は別の学校には行かずに済んだ。しかし、ただひとつ忘れられない言葉を僕は抱えてしまっていた。それは教師が言った「こいつだけは信じられない」というあまりにも痛い決別の言葉だった。